「じゃあ、俺はこれから仕事だから。家に一人で帰れる?」
「子供じゃないよ、気をつけてね」
その日、私たちは結婚式の手続きに老舗フレンチレストランへ二人で出向いていた。打ち合わせが終わって、私はまだ仕事が残る健太郎をタクシーで見送ったところだった。
前回:ルピナス―芽吹く街角で 第二章 vol.1~男の価値は金と将来性、明日よりも未来を予想したいハイスペ女子。理想の男性と婚約するが、ある男性と再会したことで運命が狂い出す…。~
はじめから読む:ルピナス―芽吹く街角で 第一章 vol.1~世間知らずの令嬢インフルエンサー、500万フォロワー女子の悩みとは?~
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見送る左手の薬指にはキラキラに輝く大粒のダイヤが光っている。老舗宝石店NIWAKAのオーダーメイドリングだ。
このダイヤを着けられるのは君しかいないと思ったと彼は微笑んでいた。
太陽の光に透かしてみると、幾重の複雑な輝きを見せる。道の真ん中で指輪に見惚れるのも恥ずかしいのでそっと手を下ろす。
すると道の向こうにとある花屋がひっそりと見えた。まるで隠れ家のよう…。
鏡張りに区切られた店は古いものの、中世で時が止まったかのような品のある佇まい...。
すると店の奥から一人の男性が花を持ち店先に現れる。
見覚えのある丸眼鏡と、スラリとした躯体。
「...ノアくん?」
あの日からポケットに入れたままの黒い名刺。
思わず足が店に向かって動いていた。
◆
「いらっしゃいませ」
様々な花の香りに包まれる店先で、振り向いたノアくんにわざと元気に”よっ!”と言ってみせる。
「かれんちゃん、来てくれたんだ」
少し照れ臭そうに微笑む彼の顔。眼鏡を掛け、見た目が変わっても蓮城ノアに違いなかった。
「前はごめんね、大学の友達たちがひどく酔っていたものだから絡んだらいけないと思って」
「大丈夫、僕もビックリしたから」
そう言いながらも手を休めず、花を並べたりする立ち姿は太陽の光に映えている。
「わざわざお詫びに来てくれたの?」
と言われ、ふっと花に目を向ける。季節は初秋に差し掛かろうとしていた。
「花束、ひとつ作ってもらおうかな?」
「いいよ、どんな花がいい?」
低い優しい声、その物腰の柔らかさできっとモテるんだろうなと思った。
記憶の中の彼は幼くて、誰よりも綺麗だった。大人になったらどうなるんだろうって思ったけど、期待を決して裏切らなかった。清潔感があってイケメンな花屋だった。
女性なら放っておかないだろう。
「じゃあ...ノアくんの作りたい花で束ねて」
その細い指、どんな女性の身体を支えるんだろう。そんな考えが頭をかすめる。
何本か水が滴るバケツから花を抜き取ると、こんな感じでどうだろう?ミニブーケを作るよと無邪気な笑顔を向けた。
「素敵、家に飾るね」
心が弾む、少し悔しい。
血の滲むような努力をして魅力を演出する私を、軽々と飛び越えていく天然の魅力と人たらしの彼。