NOVEL

【最終回】ルピナス―芽吹く街角で 第二章 vol.5~冬、結婚式当日。久々に意外な場所で再会した二人。「僕と逃げる?」最後の誘惑に彼女は応えるのか?~

横浜の夜景を一望できる海沿いの遊歩道。遠くから結婚式を挙げたのか鐘の音が響き渡っている。

ざらついた海風が、身体を心底冷やしてくる。波の音だけ響き、僕たちは終始無言だった。

 


前回:ルピナス―芽吹く街角で 第二章 vol.4~遂に語られる謎のハイスペ花屋男子の過去。朝焼け、彼の寝床で眠る彼女を見て静かに涙する理由とは...?~

はじめから読む:ルピナス―芽吹く街角で 第一章 vol.1~世間知らずの令嬢インフルエンサー、500万フォロワー女子の悩みとは?~

 

 

「煙草、いいですか?」

僕は言葉を掛けると、彼は俺も一本もらえる?と手を差し出した。

ポケットから少しヨレたアメスピを出すと、先に彼に進めた。

 

 

すっと一本抜き取る、そして僕も袋を振り口に挟んだ。持っていたZIPPOで火を灯そうとすると、炎の向こうでふっと手が動いた気がした。

「どうぞ」

立ち上がる一筋の炎が、僕らの煙草をそれぞれゆっくりと灯して静かに消えた。

「やっぱきつ...煙草なんて数年ぶりだ」

口についたヤニを拭いつつ平松が呟いた。そうですか、と言葉を返し大きく煙を吐き出した。

 

「単刀直入に言う」

とんと煙草の灰を落とす。

「夏蓮と別れてくれ」

「全部知っていたって顔ですね」

僕はため息を吐きながら、そう答えた。

「せっかく決めた結婚を無駄にしたくない。俺たちにとってこの選択は最善だって思うんだ。経済的にも将来的にも」

「彼女は貴方の恋人のことは知っているんですか?」

あの夜、ドレスの女を見つめる瞳は本物だった。恐らく本命と呼ぶのであれば、彼にとってあの女こそが”愛”なのだろう。

「彼女とは結婚できない...異母兄弟なんだ」

平松の顔が少しだけ悲しげに歪んだ。

「だから夏蓮を選んだ。彼女はハイスペックな男性と結婚したい美人。俺は共に生きられる自慢の伴侶。利害は一致して何の障害もないと思っていた」

 

その時、少しだけ彼に同情した。彼も修羅の道を自ら選んだ一人だったのだと。

「だが、君が現れた」

亜由美さんと仕事の知り合いだったこともあり、僕の素性などすぐ暴き出せたそうだ。

「君は夏蓮を幸せにはできない」

「貴方ならできると?」

「総合的に考えて、それが最善なんだ」

「彼女の気持ちは?」

すると平松は初めてふっと笑った、少し残酷に口を歪め。

「時と共に人の心は変わる。君さえ消えてくれればあとは忘れるだろう。俺といることが、一番の安泰なんだ。たとえそれが夏蓮にとって愛ではなくても」

残酷で、身勝手。

彼の恋心から、時は何も解決などしないことは分かっている。だがそれはお互い様だった。このまま夏蓮と結婚して共に生きるかと問われれば、その未来は彼に比べたら、遠いものだった。

 

「思い出なんて過ぎたことだ」

「その怖さが分かっていたから、僕の前に貴方は現れたんでしょう?」

睨み返すかと思いきや、彼は大声で笑い出した。甲高く、そして美味そうに煙草を吸う。

「さようなら、蓮城ノアくん」

 

平松は煙草を踏み潰すと、車に乗り去っていった。

君は負け組なんだ、足掻いても無駄だ。逃げ場など何処にもない。

そう、言い捨てられた気になった。

彼は欲しいもの全てを手に入れるつもりなんだろう。

なら、せめて心はまず繋ぎ止めておくべきだった。

 

携帯電話を取り出し、LINEでこう亜由美さんに返信した。

”さようなら、もうお会いする機会もないでしょう”