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真っ白な月が浮かぶ久屋大通公園。
真夜中になると人々が姿を消し街灯だけが、静かに影を地面に映し出す。
この世界には、あたししかいないの。
ひとりぼっち、叫んだって泣いたって誰も答えてくれないの。
だから…あたしは踊るの。
古ぼけたルイヴィトンのカバンから取り出したのはスマートフォン、電源をつけると先程の男から何度もLINEや電話が来ていたが、黙って全てをブロックし削除した。
代わりに音楽配信サービスで、ドビュッシーの月の光を選び奏でる。
周りには浮かぶ月と星、そして静かな噴水と石畳しかない。
噴水のふちにそっと携帯を置くと、曲に身を委ね目を瞑った。裸足で走ってきたものだから初めて地面が冷たいことに気づいた。
不意に夜空を見つめていたら、涙が溢れ頬をいく筋も流れていく。
…いいの、踊っていればきっと熱くなる。私はそっと音だけに集中して時々流れる風の音と、せせらぐ水の音を聴きながら鳥のように手足を広げ、真っ黒な空を掴み、光を踏み、そして空気を裂くようにくるりと回り倒れ込む。
足を空に向け、身体ごとぐるりと回るとそのままゆっくりうつ伏せた。背中や額に汗がすっと流れて石畳に滲みを落としていく。
その時、曲が終わりを告げた。
先程までのぐちゃぐちゃとした悔しさや快感や苦しさが、少しだけココロから消えていた。
はぁと一息ついて、どこかの自販機で水でも買おうと服を手ではたき立ち上がる。スマートフォンに手を伸ばそうとすると、思わぬところからパチパチと拍手が聞こえた。
思わず手が止まる、誰もいないと思っていた真夜中の公園。
なのに私以外に誰かいて、そして今の踊りを見ていたの…!?
一気にスマホを掴むと、音の主を振り返る。暗闇で見えなかったけれど、どうやら奥のベンチに誰かが座っていた。
人はびっくりしすぎると声がまるで出ないらしい、私はぱくぱくと口だけを動かしていた。
すると奥の人物は、妙に落ち着いた低い声でこう言った。
「真夜中の公園に現れたドビュッシーの妖精か、もしくは裸足のオンシジウムか、君はどっちだい?」
そう問いかけた男性は、立ち上がり近づいていくる。
やばい、変な奴かもしれない、というか変な奴じゃん!と思わず後退りすると街灯に映し出された姿は質の良いトレンチコートに黒いシャツ、細身のパンツに黒いハードブーツを履き、手に小さなノートを持っていた。
それが私と彼の不思議なめぐり逢いのはじまりだった。
その時、真夜中、午前3時。
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泣きながら夜の公園で踊る彼女と、自称詩人の少し変なイケメン男性。彼らの不思議なセッションが始まる。