真夜中の誰もいない“はず”の、久屋大通公園に踊る女とそれを見守る男がいる。
“み、見てたの?” “だって、踊っていたから”
前回:Insomnia Memories vol.1~ダンサー志望の家出娘、ひょんなことから家から追い出されて辿り着いた真夜中の公園、一人踊る彼女の前に現れた謎の男とは?~
男がさらりとそんなことを言うものだから、私は思わずカッとなった。
「別にあんたに見せるわけじゃないの」
「そっか、でもさ、あんた泣いてたよ」
ますます全身が熱くなる。一番人に見られたくなかった表情だった。
「泣いて何が悪いのよ!泣きたい時は誰でもあるでしょ!あんただってあるでしょ!ないの?」
「…あるね、怒った?」
スマホを掴み取ると、つかつかと私は立ちすくむ男に近づいていく。男は意外と背が高く肌が青白かった。一瞬、幽霊かと思ってびくりとする。
「あんた、人間?」
「…一応、君は妖精?」
「いや、違うし」
思わず妙に男の不思議なペースに流されそうになって、さっさと去ればいいのに何だか離れられなくて、男が持っていたノートを指さした。
「なにそれ?」
「俺の書いた詩」
詩?思わず口に出したら、彼がぷっと可笑しげに笑った。まともに手入れされていないようなくしゃくしゃな癖毛の黒髪が、静かに夜風に揺れる。
「読ませて」
手を差し出すと、意外と彼はどうぞと手渡してくれた。
意外だった。私のダンスを見たからだろうか。それとも何かの罠?私はわざと強気にぺらぺらとページをめくる。
男性はまたベンチに座り、私をじっと見つめてくる。
『昼と夜が逆なら良いのに。
そうすればずっと生きられる
夜の静けさに、身体が溶けていくようで
空が星とひとつになれる気がする
そうすれば、僕は地球になれる
眠れない夜を、そんな妄想を広がらせながら
瞳を開きながら寝床で横になる
僕は星になって、色々な国や人を見つめるんだ
ただ見つめるんだ
そして、また新しい朝日が登る
また夜が来るのを、待ち望んでる。
そんな僕のインソムニアの夜』
鉛筆で綺麗に綴られた文字、私は思わず目を奪われた。
もっさりとした青白い不健康そうな男性からはまるで予想できない美しい童話のような世界観。
綺麗。
私の頭の中でそんな単語が浮かんだ。
ノートを彼にすっと差し出すと、私はいつしかこう言っていた。
「ねえ、この詩読んで」
男性は何故?という顔をした。髪の毛が長いせいか奥の瞳まで垣間見ることができない。
「わたしこの詩で踊りたい、踊っても、いい?」
初対面で名前も知らない、だけど妙に私の心を熱くさせた。
彼は私を見つめ深く頷くと、ぱらりとノートを開いた。
すっと彼の深い呼吸が聞こえる、私は目を、意識を集中させ、すっと大地に立った。
男性の低く優しい声が耳に響く。
いつしか私は幼い頃に行った世界中の美しい緑や水、滝、氷山、空、海を思い浮かべていた。
眠れない夜の孤独、そんなことを思っていた、思ってしまった。