NOVEL

【新連載スタート】Insomnia Memories vol.1~ダンサー志望の家出娘、ひょんなことからら家から追い出されて辿り着いた真夜中の公園、一人踊る彼女の前に現れた謎の男とは?~

にんげんって、何でできているんだろう?

それはほとんど水で、たんぱく質、脂質、ミネラルに糖。

頭には頭蓋骨に脳みそ、脊髄、内臓、骨、皮にそして心臓が絶えず動いている。

 


 

 

今、私は大好きな男性に抱かれ、初冬の寒さで鳥肌が立ちつつも真夜中のベランダで彼のキスに応じ静かにベランダの外を見つめていた。

眼下に広がるのは名古屋の華やかな夜景、ここは名古屋市内に建つ高級タワーマンションの一室。

心がぽっかり真っ黒な穴が空いているようで、外側から私をじっと見つめている感覚を感じていた。

 

ガチャリと誰かが家に入ってくる。痛いほど抱きしめられた腕がさっと離れた。

大きな見慣れた手で制され、彼は私をベランダの縁に追いやると窓を閉めた。

「…えっ?ちょっ…」

私の声など無視して、しゃっとグレーの遮光カーテンが引かれた。

真夜中の冬のベランダに私は放り出され、思わず窓を叩こうと思ったとき

「え?なに?誰かいたの?」

聞き慣れぬ女の声がした。

「いや、俺さっき帰ってきたばかりだし」

“普通”を装った彼の声。

血の気がさーっと冷めていった。私は彼がとても好きだったから好きな時に抱かれてたし、クールで身勝手だけど「大好きだよ」という言葉を信じて、何よりも隣で優しく手を握ってくれるスパダリな彼が自慢だった。

でもやっぱりそれは幻想だった、全部。

 

 

私は窓なんて叩けないまま、エアコンの室外機の側で蹲(うずくま)って頭を抱えた。

全部うそじゃん、すごく惨めだ。

彼と本命の彼女、いや本当はもっと“本命”と名の付く女はたくさんいるのかもしれない。

私はその中の都合の良い女だったのかもしれない、それを思い知って。

しかも数十分前まで私はここで彼に抱かれていたのだ。

 

「じゃお風呂入ってくるねー」

「うん」

そんな会話が聞こえて、洗面所の扉ががちゃりと閉まった。

するとカーテンが開かれそっと窓が開けられる。中からにっこり微笑んだ男の顔が見えた。

 

「ごめんね、友達が来たんだ、寒かったろう」

小声でそう言って私の冷え切った手を取り立ち上がらせた。

そして部屋へ導くと優しく抱きしめた。

「あのね、蘭。悪いけど今日は帰ってくれる?」

全く変わらない優しい声で、耳元で彼の声が聞こえた。

…っざけんな…。

私は思わず口籠る。

「…ざけんな!クソ野郎!」

その声に驚いたのかバスタオルだけ巻いたびしょ濡れの美女が、洗面所から驚いた顔で扉を開けた。

そして私の顔を見ると、全てを察したようで彼の顔を見つめ、また私の顔を見るとふっと笑った。

 

ベッドの下に隠されたカバンをひっ掴むと、ゆっくりと玄関へ歩いていく。

メイクも崩れ、酷い顔をしているだろう。

そして「友達なんだ、信じてくれよ、静香」

と相手の女に笑って弁解する男。その後ろで怒ることもなく、はいはい、いつものことね、なんて女は余裕の笑みを浮かべた。

 

玄関には彼の黒靴の隣に、彼女のJimmy Chooの銀色に輝くハイヒールが綺麗に並んでいた。

思わず私は下駄箱の端っこに押し込まれていた、彼からプレゼントしてもらったニューバランスの緑色のスニーカーを掴むとまだ笑う顔面に思い切り叩きつけた。

ぐぅっとうずくまる彼を置いて、ドアをもの凄い勢いで押し開け裸足で私は家を飛び出した。

 

にんげんって、何でできている?

この沸(たぎ)る血?風に揺らされる乱れたポニーテール?それとも乱れた呼吸で苦しすぎる肺?はち切れそうなほど鼓動を打つ心臓?

それとも、とめどなく溢れて止まらない大粒の冷たい涙かもしれない。

私は愛されていなかった、そして帰れる場所なんてない。

なんで私は生きているの?にんげんはなぜ生かされているの?

分からない、分からない、こんな夜は…眠れない。