「桜井さんから伺いました。貴女のお店のサービスや接客は素晴らしく、何よりも他のお客様が笑顔であった、と」
鈴木は、まだほとんど飲んでいないコーヒーの入ったカップの取手を気にしていたが、まっすぐ私に向き直って話した。
「私も先日伺った際に同じ印象を抱きました。貴女に私であることを伝えていなかった時です。桜井さんはすでにどのような立場の方なのかを伝えた状態で訪問して、同じ感想を抱きました」
鈴木の顔は心なしか興奮しているようだった。口調も早口になっている気がする。
「違う立場の、しかも貴女と関わりのある人間が同じ感想を持つ。それは貴女のお店の接客がいかに平等で、行き届いているかを顕してる。そう思います」
コーヒーカップをいじる指は、もはやカップの取手を握りしめていた。
「今の組合には、いや、我々料亭や割烹、花街の根本の部分に、貴女のお店のような精神が必要だと思ったのです。お力を貸していただけませんか」
鈴木の熱量は最高潮に達していたと思う。しかし、私の心は冷静だった。鈴木の話の内容は、料亭のサービスに敬意を払ってくれていると理解はできたが、あまりに自分勝手な内容だった。
「残念ですが、お力にはなれません。・・・私たちを、あまり舐めないで」
私は自分と鈴木らの分の会計を机に置き、その場を離れた。
◆
「女将さん、どうでした?」
次の日、お店に出ると、美雪さんがいち早く話しかけてきた。鈴木らと話したあと、携帯を見ると無数のメッセージを送ってくれていたようで、少し口元が緩んでいた。
「組合の厄介ごとを助けろって、言ってきたわ」
「よくそんなこと言ってこれますよね!」
また私の代わりに怒ってくれているようだ。彼女のおかげで、いつも心を緩めることが出来る。
「でも、なんで鈴木さんはいっつも女将さんに頼ってくるんですかね?」
「え・・・?」
言われてみれば確かにそうなのだが、言われるまで気づかなかった。昔の馴染みだから、それだけの理由でここまで関わってくるだろうか。
「昔馴染みだから、かしらね」
「あ、そうだったんですね!」