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最後の食事が済み、食器を下げに行った久美さんが私を呼びに来た。
「女将さん!桜井様がお呼びです。今日のお礼を伝えたいと」
私は着物を整え、桜井のいる客間にむかった。桜井は変わらず背筋を伸ばしてそこにいた。
「お呼びでしょうか」
「本日のお礼をお伝えしたくて。とても美味しかったです」
「ありがとうございます」
無言の間。衣擦(きぬず)れの音すら許さないとでもいうような鋭い沈黙が流れる。明らかな緊張がその場には流れていた。
「どのような方なのか、拝見しにきました」
「・・・正直ですね」
「なぜ、組合に参加されないのですか?」
もちろん来るであろうその質問への答えは、依然と変わらなかった。
「お店とお客様と従業員を守るためです」
「組合には補償も人員も宣伝力もあります」
確かにその通りだ。人員やお店を守るというならば、そちらの方が基盤も安定しているだろう。しかし、ここに対する答えはすでに、堤防の上で出した。
「それでも、です」
「鈴木さんへのあてつけでもなく?」
言葉に詰まる。これも彼女の口から出てくることは予想していた。しかし、その言葉と実際に対面すると辟易としてしまう。それほど、私の今までの時間に鈴木という存在が残した痕は濃く、深いものなのだろう。
「はい」
やっとのことで絞り出すがどこまでの説得力があるだろうか。沈黙が表す肯定を私たちは経験の中で強く植え付けられている。
「そうですか」
お互いの呼吸のリズムが重なる。とても長い時間に感じる。
「美味しかったです。仲居さんたちにも素晴らしいおもてなしをいただきました。ありがとう」
「こちらこそありがとうございました」
彼女もまた、表情を大きく変えることはなかったが、何故か私に向けられた感情が敵意のようなものではない気がしていた。