「ゆっくりして行って下さい。此処では…誰も知らない他人同士ですから」
なんとなく出た言葉だが、そこに突き放す気持ちは一切ない。知人に見られたくない何かがあり、でも一人で抱えきれずにいる時、人は自分を知らない他人に拠り所を求めてしまいたくなるものだ。
お節介を焼く気にはなれないが、満足するまで居られる場所にはなりたいと、佐伯は思っていた。
小さな店内には、鼻を啜る音が響いていた。
それから、10分ほどたった時に、リナが「遅くなってごめんなさい!」と店内に駆け込んできた。
佐伯は、ニッコリと迎え入れる。
「忙しかったんですか?」
「ええ。ドタキャンした子がいて…女の子が足りなくて…」
客がいる事に気付かずに会話をしていたが、リナも鼻を啜る音で気付いたようで、
『あ、ごめん…』と小声になる。
「いいえ。今日は、リューココリネにしました。香りがよくて長持ちする花です。」
「へぇ…可愛い…。でも名前、覚えられないわよ!」
「生花の香りって、季節を感じさせてくれるし、心を安らかにしてくれますからね。」
「なんか、それって、私が毛羽立ってるって聞こえるんですけど…」
佐伯はとぼけた表情を浮かべて、笑った。
誰にでも、泣きはらしたいくらいに辛い事はあるだろう。そういう時に、傍に花を置いて欲しい。
そんな気持ちを込めてこの【ラナンキュラス】を開いたのだ。
だから…
佐伯は、泣いている女性客に向けてもこの言葉を紡いだ。