「こんな美味しいお店、どうして今まで連れてきてくれなかったの?」
ナルミが恨みがましく言う。
「ここは特別な時にしか人を連れてこないって決めてるからね」
「今日みたいなお祝いとか?」
「そうだよ、ナルミちゃん頑張ってたからね。それに、こういうイベントの時に連れてきてもらう方が、またここに来たいと思って頑張れるでしょう」
ブリを食べ終えた歯医者が大将に向かって「ねぇ、まだこんなに若いんだから。ほんとはこの店早いよね」などと軽口を叩いた。
「だけど、もうそろそろ一人でどこの店でも払えるようになるんじゃない?」
歯医者の問いかけに、ナルミは首を振る。
「それが、全然なの。丁度それをまたリコさんに相談しようと思ってたんだけど」
「なに、店は繁盛してるんだから、うまくいってないわけじゃないでしょ」
次のワインを注ぎながら、歯医者が言うことにナルミは渋い顔を作った。
「思ったより収益が上げられているのは事実よ。だけど、貧乏暇なしっていうのかな」
「しっかり稼いでるんだから、貧乏とは違うでしょう」
「まぁ、そうね。ありがたいことに。ただ、今のペースは少し余裕がないの。全部自分でやっているし、やりたいことも増えていく。もっといいサービスやメニューを提供するには考える時間も準備する時間もほしいけど、時間が足りないのよね」
「向上心があるのはいいことだね」
次に来た車エビは、藻塩が振ってあり、シャリとの相性も相まって、これまた絶品だった。
「でね、本当はもう少しゆっくりとお客さんを取りたい。ただ予約枠を減らしたら収益は減ってしまうし、今はまだ若いから体力もなんとかなってるけど、このままのペースでは長く続けられないし、サービスも低下してしまいそうで」
「なるほどね」
「それに、1店舗で終わるつもりはないのよ。ゆくゆくはリコさんみたいに実務を人に任せて、私は経営だけに集中したいの」