NOVEL

絶対美脚を持つ女vol.7 ~転換期~

物件が決まってから、ナルミの人生は急速に前へと進みだした。

彼女は自由に使える時間のすべてをサロン開業準備に費やした。

 


前回▶絶対美脚を持つ女 vol.6~現実と夢の間~

はじめから読む▶絶対美脚を持つ女 vol.1~夢を語る女~

 

最初に神崎が紹介してくれた物件では結局予算や立地が折り合わなかったが、そのあと見つけてくれた掘り出し物件をナルミは気に入って即決した。

名古屋駅から地下鉄で3駅、駅から徒歩10分以内で立地もよい。5階建てのレトロな外観のビルは昭和に建てられたとあって古いが、その割に清掃や管理が行き届いており、家賃も破格。それまであまりナルミには縁のないエリアだったが、周りに大きなビルがなく穏やかで静かだった。

何より部屋の南側に取り付けられた大きな窓から入る光が気持ちよく、ピラティスなどのトレーニングに最適に思えた。

 

「ナルミちゃんももう立派な個人事業主だね」

 

神崎が鷹揚に言った。

まだ内装が完了していない雑然とした店内は、窓からうららかな光が入ってはいるものの、ひんやりとしている。

ナルミは目の前の書類で足りない箇所を書き足しながら、「そうかしら」と聞き返した。

事実、まだ支払うばかりで収益を生んでいない状態ではとても個人事業主だと胸を張って言える状態ではない。

 

「オープンはいつだっけ」

5月。次の甲子の日」

 

甲子の日は物事を始めるのに良き日だとされている。

前の結婚では入籍日でさえ大安など日取りを気にしなかったナルミからすれば、やりすぎだという気もしないではない。しかし、歯科医が招いてくれた会食を通じて、この半年の間に知り合った事業家や社長業を肩書に持つ人たちは、こうしたゲン担ぎを意外にも重視していた。

 

『絶対に甲子の日がいいわよ、欲を言えば、一粒万倍日と重なるとベスト』

 

ナルミが「開業日を決めかねている」とポロリと漏らしたら、リコという女社長がいの一番にそう答えた。歯科医もそれに大きく頷いて、『僕も新しい医院を開設する日は平日でも祝日でも関係なく縁起のいい日に決めてるよ』と賛成した。

リコは、東京で富裕層向けのエステサロンを経営するカリスマ的な社長だ。リコの話を聞けば聞くほど、ナルミはリコに対する羨望を抱く。

彼女はいつも全身をブランドもので固めていたが、選ぶものや組み合わせ方が品よく嫌味に見えない。どんな高級品も柔らかに着こなすため、まるで清楚なイメージを崩すことなく年齢を重ねたベテラン女優のような貫禄を備えていた。

 

その辺の中小企業の社長が腰を抜かすほどの年商があるらしいが、驚くことに、初めは古いマンションの一室を借りて、たった100万円で一人きりでサロン経営を始めたらしい。

限られた資金の中で誠心誠意自分の理想とするサービスを提供し続けていたら、たまたまお金持ちのマダムがリコの施術を聞きつけて来店したのがきっかけで、瞬く間に事業が大きくなった話は会食の席でいつも話題に上る。

どの会でも一目置かれる存在だった。