神崎がまた緩やかに笑う。
この穏やかさがナルミには心地いい。
確かにこの2年の間、歯医者や可愛がってくれるリコのおかげで、多くの社交の場へ出向く機会があり、人脈ができた。
そのほとんどは間接的に、時には直接的に仕事に繋がったことも多い。やはりハイレベルな人種というのは会話の内容も機知に富み、知識も豊富で勉強になる。身のこなしもスマートだ。だが、それだけにナルミの神経は擦り切れていく一方だった。
そういえば、東京のサロンを開いた時、昔新幹線で偶然乗り合わせ、ナルミの脚につられて半ば強引に隣席へと座ってきたあの役者も店にやってきたことがある。
連絡は一度も取らなかったし、あの時ナルミに似合いそうな靴を送ると言っていたが、結局送られてきたことはなかった。
店にやってきて、あの夢が叶ったんだね、それにしてもやっぱり綺麗な脚だね、などと言う男の顔は、相変わらず綺麗に整っていた。そのあと、付き合おうと言われたが、ナルミはどうしてもその気になれなかった。
会話は弾むが、神崎との気安い会話とは違う。
あれこれと新しい刺激や情報を与えてくれるが、神崎のような親身さは感じない。
「そうね、色んな人はいたけど、神崎さんみたいな人はいなかった」
ナルミが2杯目に頼んだのは、ボルドーの赤ワイン。濃厚な香りが鼻腔まで広がると、それだけでなんとも贅沢な気分になる。
グラスを傾けながら、ナルミが横目で神崎を流し見た。
「前はかわいくミモザなんか飲んでたのにな」
言いながら、神崎がナルミの方へ手を伸ばしワイングラスを取り上げる。静かにテーブルへ置いた。その動作をナルミが何気なく見つめる……と、気が付けばナルミの手はすっぽりと神崎の手の中に収められていた。
ホテルの上階から見下ろす名古屋の夜景は、やはり東京と比べれば光の数が少ない。だが、地元の景色はいつまでも眺めていられるような、ホッとするものだ。
「いつも一人でこんないいところに泊まってんの? 一泊なのに部屋二つもいる?」