環が大きなキャリーバッグを引いてドアを開け、外に出たその瞬間。
待ち受けていたのは、密だった。
はじめから読む:男の裏側 vol.1~地獄の始まりは天国~
「っ、あ……!!」
思わず小さく悲鳴を上げ、硬直する環。
「どこに行くつもりだ、環」
密は今までにない、静かな怒りの形相を浮かべていた。環は引きつった顔をし、思わず後ずさりそうになる。
……けど、ここで家に入ったらおしまいだ。今度こそ、何をされるか分からない。
環は震える手でスマホを取り出した。密は相変わらず環を見下ろして、
「聞いてるんだ。環、答えろ」
といつになく強い語気で環に詰問した。
「様子がおかしいと思ったら……。僕がいない間にどこに行くつもりだったんだ。夫の出張中に浮気相手のところにでも行くつもりだったのか?それとも出て行くつもりだったのか?どちらにせよ、そんな妻にはお仕置きが必要じゃないのかな」
「じゅ、樹里……。助けて!」
スマホで樹里の連絡先を探り、とっさに声だけで助けを求める。すると、密がスマホを環の手から奪い取った。
『もしもし?環?何があったの?』
電話口から樹里の声が聞こえてくる。環は必死で声を張り上げようとしたが、恐怖で声色が掠(かす)れていた。
「助けて、お願い!今家に……」
そこまで言いかけた時、密が乱暴に電話を切った。
「相手は女の子だったみたいだけど……。助けを求めるなんて、どういうつもり?環はそんな奴だったっけ?旦那から逃れるなんて、出来ると思ってるのかなぁ?」
密は怒りをこらえている様子だったが、既に息を荒らげるほど興奮が抑えきれていないようで、その眉はつり上がっていた。
その時、声を聞きつけたのか道路わきから何事かと老婦人が顔を覗かせた。
「小園さん、何かあったの?声がしたけれど……?」
婦人はとても上品な様子で、純粋に心配したのだろう。密と環の方をうかがって眉をひそめている。
「あ、あの!たす……!」
とっさに環が声を上げようとすると、密がそれを遮って老婦人の方を向いた。……とても穏やかな笑みで。
「これは、山口さん。大丈夫ですよ、妻が旅行に行くので見送りに出ていただけです。妻は僕がいないと駄目な性分でして……。ご心配なく」
「あら、そう?小園さんのお宅は、いつもご夫婦仲が良くて羨ましいわ」
「ええ、ありがとうございます」