「環」
「え?」
聞き慣れた声に驚いて振り向くと、そこには会社帰りと思しきスーツ姿の密が立っていた。
「あれ……」
職場の人たちも驚いている。それより驚いていたのは環だった。
(どうして密さんがここに?密さんの職場からここは離れているし)
「ひ、密さん?どうしてここに……」
「うん、迎えに来たんだよ。少し帰りが遅いみたいだったから、心配になってね」
「え……」
(迎えにって。こっちは何も言ってなかったのに?第一、密さんは場所すら知らなかったはず)
「さあ、帰ろう、環。長居すると職場の方々にもご迷惑だろう」
「で、でも、密さん」
「すみません、皆さん、うちの妻が。今度また改めてご挨拶に伺います」
「密さん、ちょっと……」
密は、優しく見える物腰だったが、やや強引に環の腕を引っ張ると、会計を多めにテーブルに置いてそのまま出て行ってしまった。
環は唖然としながらも、密の強い力に引っ張られるまま連れられて行った。
***
家に着くと、密は散々環のことを詰問し、責め立てた。
「どういうことなんだ」
「どういうこと、って、何が……?」
「遅くなる時は僕に連絡しろって言ってただろう!それに男が同席してたじゃないか!言えない理由でもあったの?もしかして、浮気なんじゃないか?」
密は威圧的にそう言うと、無理矢理環をソファに座らせ自分はそれを見下ろすように傍に立った。ひどく居心地が悪い。
「そんなわけないじゃない!職場の飲み会よ?それに、中井さんは密さんも知ってる通り、同じ職場で働いてるから来てただけで……」
「僕の前で他の男の名前を呼ぶな!!」
ヒステリックに叫んだ密の姿に環は流石にびっくりして呆然と口を開けた。
(……怖い)
夫が、夫であるはずのこの人が、怖い。
縮みあがっていると、密は上から環の両肩を掴んだ。ぐっと力を込められ、環は小さく悲鳴を上げる。