密との離婚が成立した。しかし、環は憔悴した日々を過ごしていた。
荷物を引き払い、少しの間樹里にお世話になった。そしてまた、部屋を見つけ……。
はじめから読む:男の裏側 vol.1~地獄の始まりは天国~
樹里は本気で心配してくれた。しかし、これ以上彼女に迷惑をかけ続ける訳にはいかなかった。
新しい部屋での一人暮らしは、ほっとすると同時に抜け殻になったような気分だった。
おかしいな、少し前までは結婚すると言ってうきうきして、一人暮らしから脱却したはずなのに……。
仕事以外の時間、環はただ食べて寝るだけの日々を過ごしていた。他に何も出来なかった。
離婚というものは、こんなにも色んなものを奪っていくものだろうか。
疲弊した日々を送る環は、まだ日常にうまく戻れそうになかった。
***
「あの……。お疲れ様です」
「お疲れ様、環ちゃん」
少しばかりふらつく足で、昼休憩の挨拶をする。
結婚前から働いていた職場である図書館には今でも勤務している。
ここは密と出会った場所であるし、密の職場とも近い。だから本当なら、避けるべきなのだろうということは分かっていたが……。結婚、離婚と、身辺がばたついた今でも働けることが有難く、結局そのまま勤めている。
「……環ちゃん、やっぱり最近元気ないわね」
「そりゃそうよ、上手くいってたと思ったのに……。どうして離婚なんか」
「それは分からないけど……。そっとしておいてあげた方がいいわね」
こそこそと聞こえないように話をしているつもりなのだろうが、先輩の中年女性たちの声がこちらまで届いてくる。環は聞かなかった振りをして、昼休憩を外で過ごしてくると伝えた。
「あの、私、外でランチ食べてきますね」
環は軽く頭を下げて、その場から去った。密の話から逃れたかった。
***
図書館の側を歩く。
そういえば、この公園も密さんと一緒に来たんだっけ。あれは最初のデートだったな。結婚するどころかまだ付き合う前で……。と、環は懐かしく思った。ただ、ちっともいい思い出じゃない。あの頃は、あの人は優しい人だと思い込んでいた。けれど実際は……。
いや、考えるのはやめておこう。暗い気持ちになるだけだし……。
図書館近くにあるカフェに入る。最初に密に会った時から季節が巡って、もう春になる。
店のテラスで一人、軽い食事をとる。……重いものは食べる気がしない。
あまりゆっくりしている時間はないが、早く食べる気にもなれない。うつむき気味にコーヒーを飲んでいると、ぺちゃくちゃと喋るOL三人組が店内に入り、その後すぐに、環から正面に見える席に座った。
(やだな、ちょっとうるさいし……。密さんと同じような職種の人たちかな)
密はIT関係の大企業で働いていたが、何となく会話の内容からそういった愚痴が聞こえてくる。密の会社はこの近くだし、もしかしたら同じ職場かもしれない。
環は一瞬席を変わろうかとも思ったがそうしなかったのは、とある一言が聞こえたからだ。
「で、デートに誘われたの。あの小園さんから!」
びく、と体が大きく反応してしまう。小園、あまりよくある苗字じゃないし……。
まさか、密のことだろうか。