密は他の人にはないものを持っていると思った。
それは例えば、彼はIT会社の取締役として働いているということや、デートの時のエスコートをスマートにこなしてくれるということでもあった。
素敵だな、と思う感情は日増しに強くなっていたため、環は二つ返事で付き合うことに決めた。環ははにかみながらも、笑顔で答えた。
「私で良ければ、是非」
――そう。これから、幸せな関係を育んでいくのだと、そう信じていた。
少なくとも、環は。
***
密に、他の女性の影がちらつく。
そう気づいたのは、比較的早い段階だった。
ある夜、高級なフレンチレストランでディナーを楽しんでいる時。会計の際、彼が財布を取り出した時に、ふわりと香水の匂いが漂った。
環が思わず顔を向けると、密の鞄の中に、女性もののハンカチが入っているのが見えた。白く、ふちにレースが付いていて、上品そうなデザインだった。
香水の匂いがそのハンカチから漂っていることが分かる。
「ん? どうしたの、環?」
支払い終わって振り返った密が、にこりと綺麗に微笑む。環もすぐに笑い返し、「何でもない」と答えた。密はスマートに環の腕を取り、行こうか、とエスカレーターまで向かった。
(でも、プレゼントかもしれない)
(密さんはモテる人だろうから、会社の女性に貰ったものかも)
(ああ、けどあれは女性が持つ物だった。もしかして浮気とか?)
(うん、有り得る……。でも密さんはあんなに誠実な行動を取ってくれてる。私に対してすごく優しくて、親切で……)
そんな考えがぐるぐると回って、その夜は眠れなかった。けど、思えばこの時が幸せの絶頂だったんだわ。
まさか、あんなことになるなんて……。
そう。あの人の『裏側』。それを全く知らなかった馬鹿な私は、まんまと地獄への扉を自ら開けることになってしまったんだわ……。
Next:8月26日更新予定
ある日、デートで書店に行き結婚雑誌を手に取る環だが、密はばつが悪そうに視線を逸らす。その後、密は環に離婚調停中だと告げる。