図書館職員として働いている月森環は、最近本をよく借りに来る小園密という男性と知り合った。何度か遊びに行き、環は密から正式な交際を申し込まれる。凝った演出に、いつもハイクラスな場所でのデート。環はすっかり舞い上がってしまう。
環は「幸せの始まり」だと思っていた――。
名古屋市の高級住宅地にある閑静な図書館で、職員として働いている女性、月森環(つきもり たまき)。
それが彼女の名前であり、この話の主人公である。
環は、ごく深い茶色に染めた艶やかな髪の毛をボブカットに伸ばしていて、背丈や体型は普通。笑顔がとても魅力的な、30という年齢を感じさせない、可愛らしい印象の女性だった。環は、最近とても機嫌よく過ごしている。それは同僚の目にも明らかなようだ。
理由は、至極簡単な事であり――。
「こんにちは、月森さん」
「小園さん。こんにちは。お昼休憩ですか?」
少しだけ襟足が長めの黒髪を、ラフなオールバックに整えたすらりとした男性。それが小園密(こぞの ひそか)だった。最近、環の機嫌が良い原因だ。
密は、時折こうして昼の時間に本を借りに来る。中でもミステリがお気に入りのようで、同じくミステリ好きだった環と少し話したことをきっかけに、気が合って時折話をする仲になった。
「ええ。休憩中に、ちょっと新作でも借りようかと思いまして」
「ああ、最近入ったばかりの国内ミステリが、ちょうど返ってきたところですよ」
「そうなんですか? 良かった。じゃあ見ていきますね」
そう言うと、密は爽やかな笑みを見せて館内の奥を見に行った。彼の姿が見えなくなると同時に、同僚であり年配の女性が、こっそり環の脇をつつく。
「小園さんと仲いいのね。あの人、素敵だからいいじゃない」
「え……。あ、そうですね」
思わず照れてしまう。
(やっぱり、小園さんって他の人から見ても素敵よね。でも、私、すでに小園さんとは何度か会ってるし)