NOVEL

錦の花屋『ラナンキュラス』Vol.1 ~錦三丁目を舞台に、人々が小さな花を咲かせる~

 

 

「あ、あのう…」

「はい…お決まりですか?」

 

シンプルなスーツに上品なピアスが似合う女性客は、さっきはよく見ていなかったが、服とはマッチしていない運動靴を履いていて、小柄で童顔だった。

 

その背伸びしているような佇まいが、愛らしく…カスミソウの様に端正に見えた。

 

「プレゼントに花を買いたくて。」

「はい!」

 

こういう客は珍しくない。

どんな花をプレゼントしたらよいのか、詳しく解っていて訪れる客の方が少なく、知っている方が玄人過ぎて苦手だ。

 

「お選びいたしましょうか?お相手は、どんな方でしょう?」

「…」

 

直ぐに返答がなく振り返ると、彼女はキョロキョロと周りに誰も居ないかを確認していた。

仕事帰りに靴を履き替えているから、これからホストクラブではないなぁ。

パトロンだろうか?

 

そんな探りを入れたくなる自分に舌打ちをして、息を大きく飲み込んだ。

 

「12歳の女の子…です。

今日誕生日で、プレゼントを店に置いてきちゃって。」

 

「え!?」

 

自分でも驚くような意外な声を漏らしてしまい、女性客も慌てて大声を出すな!というジェスチャーをしていた。

 

小柄で童顔で動きも小動物のようで可愛らしいこの女性が、母親だと思うと、思わず苦笑を浮かべてしまった。

 

「すみません。悪気はなくて…ただ、意外だなって。」

 

両頬を無意識に膨らませている姿は、シマリスのようにも見える。

カスミソウのようだと思ったが、彼女はいきなり隠していた翼を広げ、神々しく色付いたひまわりのように咲いた。

相変わらず、人を見る目が甘い自分を痛感する。

 

 

「…もしかして…アキラ…さんですか?」

懐かしい名前を呼ばれ、いきなり冷や水を掛けられたように驚く。

 

自分の記憶にはないが、相手は自分を知っている。

慣れたはずが、薄れていた感覚を呼び起こされる。

 

「いえ…おれ、佐伯っていいます。佐伯明人(さえき あきひと)。」

女性客は、疑いと嫌悪の視線を向けてきた。

 

 

『アキラ』は、2年前まで名乗っていた源氏名だ。

18歳の時から『アキラ』として、栄四丁目の女子大小路にある『マリネス』というホストクラブで働いていた。

 

 

佐伯明人と自分から名乗ることにも慣れてきたが、同業者に『アキラ』と呼ばれると何故かまだ馴染んでしまう自分が嫌だった。

 

「また…来ます。」

 

突然女性客が店を出ようとしたので、慌てて追いかける。

 

「待ってください!誕生日プレゼントは良いんですか?待ってますよ…きっと!」

 

彼女の顔をまじまじと見ても、記憶にはないが…