~黄色いスートピー~
花屋を初めてもうすぐ二年を迎える。常に門出は、過去の苦水と共にやってくる。
頼りない女性の影に見える、判断力と分別のある黄色いスイートピー。
錦三丁目を舞台に、人々が小さな花を咲かせる。
錦三丁目の夜は眠らない。
色んな背景を背負って道行く影は、色とりどりの花筏に見える。
誰一人同じ形色をしていない。
折り重なった、花束のようで…美しい。
朝方までオープンしているフラワーショップ『ラナンキュラス』を開店して、もうすぐ2年になる。
この町に足を踏み入れてからは、15年。
町並みや顔ぶれは変わっても、この地に息づく根は変わらない。
この地で生きると決めた時に、堅く誓った思いは今でも此処にある。
馴染みのホストクラブより急遽の依頼を受けて、フラワーアレジメントした籠を届けた帰りに、相変わらず騒がしい伊勢町交差点を駆け足で渡りながら、夜風に包まれていた。
日付はもう変わったが、人足が減ることはない。
これから、二件目か三件目の梯子客が増える時分だ。
ホストやホステスのキャッチもこの時間はラストスパートとばかりに、営業に出てきている。
この時間には他の店がないという理由で、一見さんの飛び込みが来ることがある。
気ままな自営業とはいえ、稼げる時には稼ぎを上げておきたいものだ。
―…俺はいつから、こんな緩い思考回路になったのだろうか?―
夜風を切りながら、懐かしい匂いに触れて少しだけセンチな気持ちになったみたいだった。
店に帰り着くと、外に立て掛けておいた『すぐに帰ります』という看板が、道路に落っこちていた。
「やば…」
賃貸マンションの一階にある貸店舗は、小さいながらも自分の城だ。
店舗の中に影を見つけて、慌てて踏み込んだ。
「すみませんでした!!何か、お探しでしたか?」
急に話かけたせいで、展示している花を見ていただけの女性は本気で驚いた声を漏らし、柱にしがみついた。
「あ…すみません。」
癖で愛想笑いを浮かべてしまう。
客の女は商売女だろうが、料金的には高いラウンジ系なのか上品なスーツを着用していた。しかし、これから帰宅するように大きなカバンを持っている。
つまり、この時間に花を見ているということは、この後ホストクラブの推しにでも会いに行くのか、それともお得意客のアフターかどちらかのように思えた。
―悪習だな…。―
どちらにしても、他人に意見を仰ぎたい程の事はないだろうと、レジに引っ込むことにした。
しかし、女性客は直ぐに声を掛けてきた。