約束の日を迎え、佐伯はオープンより早い時間から作業を始めていた。
茎と違い、枝を扱うのも初めてに近いし、一本茂っている金木犀の切り出しは想像以上に苦戦を強いられた。
切り花と違って、生命力が強い。
それを何とか切り出し、特大の籠に差してアレンジを施していく。
金木犀の良さを引き出すには、金木犀以外の花は無臭に近い物でなければならなかったので、他の花にも気を遣う。
労力と時間も使い、出来上がったのは夕方になっていた。
「すみません!」
店を訪れたのは、リナではなく娘の奈緒だった。
「あれ…?」
〝お母さんは?″と尋ねようとして慌てて口を噤む。
「お母さんは楽しみにしてたんだけど、急用で来れないから。」
「そうかぁ」
「うわー!!素敵!!凄いですね!金木犀でこんなの出来るんですね!」
奈緒の感激ぶりに、安心する。
綺麗だと喜ばれることこそが、何よりもの褒美である。
「こんな素敵な花束貰えたら、嬉しいだろうな。」
そうであって欲しい。
苦労を掛けたからではなく、思いを寄せて贈られる花には、意味があって欲しいと願う気持ちが強い。
しかし、待てど、暮らせど〝タシロミユキ″は姿を現さなかった。
仕方なく電話を掛けてみる。
『あ、もしもし…花屋さん?あ…ごめんなさい。取りに行く必要なくなって…。お金なら振り込みますから。お幾らですか?』
傷心を気取る言い口に、虫唾が入った。
「トータルで、2万になります」
「振込でいいかしら?請求書を送ってくださる?」
機械的なやり取りをして電話を切った時は、手汗が滲んでいた。
「大丈夫?」
奈緒が心配そうに声を掛けてくる。
「ああ。大丈夫だよ。」