よくある話ではあったが、仲井は若い頃は随分と野心家だった。
仕事にも金にも、果ては女にも。
そして、家庭を顧みずに、奥さんを若い頃に病気で亡くした。
病院から連絡があった時にも、接待中という理由をつけて着信を無視した。
仲井が駆け付けた時には、既に奥さんは息を引き取り、娘たちからは酷い罵倒を浴びせかけられたという。
「今でも、残ってるよ。
長女がね、『父さんは母さんの愛情の上に胡坐をかいて…。ちゃんと人を愛せない、ゲス男だ』って言われたんだ。
人を愛するなんて、…戯言だと、俺は思っている。今でもね。そうじゃないのかねぇ…?」
佐伯には返す言葉が見つからない。
「すまないね…あんたには、まだキツイ話になるなぁ。」
「いえ…」
互いに抱えた傷は『愛』という名の重い足枷だった。
鼻腔を擽ってくる、タバコ香りは不快ではない。
年を重ねたフレイバーは、確実にこの男を包み込んできたのだろう。
佐伯は奥のショーケースを開け、枯れやすく仕入れをセーブしていた『ペチュニア』を出してきて、黙々と作業を始めた。
『ペチュニア』は複色で可愛い花だが、長持ちする花ではない。
そして、原産地のブラジルの先住民の言語でタバコの意味を示す『ペチュン』に由来した名前が付けられていた。
奥さんがこの男を憎み恨んで亡くなったのなら、この男から漂う加齢臭をこんなにも穏やかに感じることはない気がした。
不器用なこの男を、それでも許していたような気がする。
『ペチュニア』の花言葉は…
〝あなたと一緒なら心が和らぐ。そして、心の安らぎ。″
他人にはお節介なこの男が、身内である奥さんにはぶっきらぼうだったのだろうことも想像がつく。
しかし、奥さんがそれを煙たがっていたのなら、この男は今こんなに穏やかだろうか?
佐伯には、そうは思えなかった。
今は薄くなっているが、初めて仲井とあった時。
仲井の左薬指が、随分と窪んでいた。
家庭に居ない時も、何年もそこに指輪をはめていた刻印だ。
しかし、それを外したのは何故だろうか?
それは、きっと心に残った深いシコリがそうさせたような気がする。
自分は不甲斐ない旦那だった事。
妻からの愛情の上に胡坐をかいて、家庭を顧みようとせずに、己の道を歩き…後悔している。
そんな感情の波を感じて、紫と白と青いペチュニアをメインにしたアレンジをした。
〝波のように押し寄せてくる感情は、心の安らぎ″であった事を…。
互いの想いの証であって欲しい。そんな願いを込めて。