女性と会って、自分の息子の話や妻の文句を聞かせたがる男に大した奴はいない。
だから『ジロウ』は最初から莉子の候補には入らなかった。
長男ができるのに人工授精をしただの、それは自分の問題だっただの、婿入りしたのに寺を継いでくれる子供を作らなきゃいけなかっただの。
どうでもいい!
あんな下品な口でされても、何も感じない。
自分は不能だから、肉体関係を持っても子供ができる心配はないから等という口説き文句なんて、論外だった。
そんな下劣な人間を小銭箱にしていた自分が腹立たしくて、莉子は思い立ったように施したばかりのネイルのオフを始めていた。
イライラした時は、自分を着飾る事でそれを鎮める。
36歳になって、初めて感じる女としての敗北感が、二連打で押し寄せてきたようだった。
電話をこんな時間にかけてきたってことは、旦那が寝ている隙を見計らっての事だろう。
愛人だとでも、勘違いされたのだろうか?
腹が立つ。
腹が立って仕方がない。
自分はそんな低俗な男を相手にするような女ではない。
もし、相手にするならば、あの低俗な奴が連れてきていた中の、誰でも知っているような名の売れている寺の副住職あたりを狙ったはずだ。
しかし、そういう相手は『ジロウ』の手前、個人的に連絡するのは気が引けると上手に断ってきた。
ある時から『ジロウ』が邪魔だと思っていた。
でも、あんなのでも居なければ、滅多にプライベートの席で話が出来る業種でもない。
お経を毎日読んでいる住職の口元は上品だった。
小太りでも、坊主でも、口の動きは良かった。
思い出せば思い出すほど、敗北感に似た気持ちに押しつぶされそうになってきた。
ネイルのオフをして、素になった自分の爪を見る。
「カサカサだ」
莉子はカサカサに黄色くなった爪のまま、スマホをとりあげると、小枝子のLINEを開いた。
『入籍した』
その報告ラインに、返信をしていなかったのだ。
だから…
『今度、会いたいな。ちゃんと、紹介してよね。』
と打ち込んで、送信した。
人の幸せを羨ましいと思った事なんてなかった。
それは、その人の幸せであって莉子の定規とは違うから。
でも、何故か今は、小枝子への嫉妬の気持ちが抑えられなくなっていた。
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唯一の友人の入籍。莉子の中に芽生えた初めての嫉妬という感情。莉子はその感情に弄ばれてしまうのか?