「本当は、あんまり剣道って得意じゃないんだ。どうしても上手く出来なくって……。だから、通うのがちょっと辛い。みんなと仲はいいから、まだ行けるけど……」とか、
「塾も苦手。勉強が出来ないとかじゃないんだけど、忙しなくって。勉強するの自体が嫌なわけじゃないから、どっちかって言うと、家で自分のペースでやりたいな……」とか。
そこで初めて加奈恵は、春樹のことを知ることが出来た。
自分の息子なのに、これまであまり本当のことを知らなかったというのは、辛い真実だった。
「ねえ、お母さん。本当に大丈夫? お母さんが、お父さんに叱られないの?」
そんなことを子供に心配させているのも辛くて、加奈恵はそっと、横になっている春樹の額を撫でた。
「心配しなくて大丈夫よ。お父さんもちゃんと分かってくれるわ。それに、お母さんは強いんだから」
じきに眠ってしまった春樹をそっと置いて、加奈恵はコップの水を取り替えようと、廊下に出た。
***
帰ってきた裕司は、この様子を見るなり癇癪を起こしたように怒った。
「帰った家主におかえりなさいも言わないで、子どもが習い事を休んで寝ているとはどういうことだ!」
「あなた、春樹は熱があるのよ。調子が悪い時くらい、休んだっていいじゃない。第一春樹はこれまで休むこともなく習い事に行って……」
「うるさい! お前の監督不行き届きがいけないんだ! 今からでもきちんと行け!」
「そんな、無茶苦茶だわ」
結局この日、春樹はきちんと休ませることを約束させたものの、その代わり加奈恵は裕司に土下座までさせられることになった。
……結局、春樹に言った『裕司は怒らない』『加奈恵は強いんだから大丈夫』という言葉は、嘘になってしまった。それが心苦しかった。
そして、のちに中学生になった春樹の心を大きくえぐる、つらい出来事が起ころうとしていた……。
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あることをきっかけに中学生になった一人息子・春樹の夫・裕司に対する態度が変わっていく・・・?