無事に子供が生まれるも裕司の傲慢さは増すばかり。子供に辛く当たる夫に加奈恵は反論するも…
無事に子どもが生まれて、加奈恵と裕司は周囲から沢山のお祝いをされた。
子どもの名前は春樹。春の日向の中に、のびのび育つ大木を思って、加奈恵が付けた名前だった。そう、これだけは、加奈恵は自分の意見を押し通した。本当は裕司の方も思うところがあったようなのだが、名前や字面自体にはそれほど興味が無かったらしい。だから加奈恵の希望を通すことが出来たのである。
裕司は名前のことよりも、子どもを将来どんな風に育てるかに強い興味を持っているらしい。
「なあ、俺の子どもなんだから、将来はビッグになってほしいよなあ」
加奈恵が抱きかかえている春樹を構いながら、裕司が話しかけてくる。
「裕司ってば。確かにそうだけど、まだこの子は生まれたばっかりよ? まずは、すくすく育ってくれなきゃ」
加奈恵はにこにこ笑い、春樹を軽く揺らしながらあやす。しかし、そうしていると、裕司が真面目な顔で言った。
「いや、しっかり育ってもらわなきゃ俺が困る。今から塾の資金も溜めておかないとな」
どこまで本気にしていいのか分からないまま、加奈恵は貯金通帳を改めて確かめに行った裕司の後ろ姿を眺めていた。
(春樹が元気に育ちさえすれば、私としては安心なんだけどな……)
しかし、その心の声は、当然ながら裕司には届いていないようだった。
そして、数年後。加奈恵の不安は的中した。
春樹は無事に、きわめて健康に育っていた。大病をすることもなく元気で、そして優しい子だった。ただ、ほんの少しだけ、要領が悪いところがあった。
ちょっと上手くいかないことがあると、加奈恵は、まあ子どもなんだから、誰だってそのくらいあるわよと励ましたり見守ったりしたのだが、裕司は違った。そんな失敗をするなんて俺の子どもとは思えない、と怒鳴りつけ、出来るまで何度も同じことを繰り返させた。
「ちょっと裕司、春樹はまだ小学生なのよ? お皿を落としちゃうくらい、誰でもするミスじゃない」
ある日、見かねた加奈恵が口を挟むと、裕司は加奈恵にまで八つ当たりをした。
「馬鹿! お前がそんな風にのんびりしてるから春樹がこうなるんだ。いいか? 何でも完璧にやれるくらいじゃなきゃ駄目だ。俺が子どもの頃は、こんなミスしなかったぞ」
「それは、あなたの話でしょ? 何でもかんでも比べちゃいけないわよ」
「俺に口ごたえするのか!」
裕司が拳を振りかぶってきたので、加奈恵は小さく悲鳴を上げた。慌てて避けようとすると、その場で転んでしまう。