早すぎる妊娠に戸惑う妻。
妻の心配をよそに夫のとったとんでもない行動とは?
加奈恵が裕司と結婚をしてから数か月が経つ。季節は巡り、再び冬がやってきていた。
裕司の仕事は安定しているし、加奈恵もまだレストランでの仕事を続けている。
裕司のプレゼント癖はまだ続いていたが、だからと言って大きな喧嘩はしたことがない。
傍から見れば順風満帆の結婚生活のはずだった。
……しかし、加奈恵には少し、いや、深刻な悩みがひとつあった。
女性にとってはとても大事な問題である。それは……。
(友達にも相談しにくいよね、夫が避妊をしてくれないなんて……)
加奈恵は、はあ、とリビングのソファで大きな溜め息を吐いた。
そう。悩みは、夜に裕司が避妊をしてくれないこと。
別に、子供が欲しくないわけじゃない。
寧ろ考えている方だ。いずれは……なんて。ただ、それはいずれの話であって、今じゃない。早すぎるというのが加奈恵の意見である。
第一、働いているレストランでは立ち仕事だし、妊娠してしまったら続けるのが難しくなる。
(私、まだまだあの仕事続けたいのよね。やりがいがあるし、店長も奥さんも店員のみんなも、良い人達だし……)
こちらにだって色々と計画があるんだから、もうちょっと思い遣ってほしいなあ……。
***
しかし、そんな加奈恵の思いとは裏腹なことが起こる。
「え。妊娠……ですか?」
生理が遅れているし、気分も悪いので、伏見駅から徒歩数分のところにある病院にかかったところ、女医から妊娠を告げられた。
けど、まさか、とは思わない。だっていつ子供を授かってもおかしくないような行動を取っていたんだから……。
「ええ。だから、これからは特にお体をお大事にしてくださいね。旦那さんにも是非ご協力してもらってください。お腹のお子さんのためにも」
にこにことした、優しげな医師の顔を見つめて、加奈恵は気分が少しばかり重くなった。だって、考えていたのよりも早すぎる。
(けど、子どものことを考えると……。やっぱり、裕司にもちゃんとしてもらって、それで私もしっかり振舞わなきゃ)
そう、折角の妊娠なのだ。もう、想定外とか言っている場合ではない。
きちんとこれから生まれてくる子どものためを思わなければ。
しかし、そんな加奈恵の健気な決意は、主人である当の裕司によって打ち破られることになる。
***
「そうか、ついに俺もパパになるのかぁ!」
妊娠を知らせると、裕司は無邪気に喜んでいた。良かったわね、おめでとう、そう言って二人でお祝いをする。
「でも、裕司。私、シフトが今月まで入ってるの。だから、まずは店長さんに今後のことを伺わなきゃいけないんだけど……」
しかし加奈恵がそう言った途端、裕司の顔色が変わった。急に不機嫌になると、まるで加奈恵を睨むような高圧的な表情を浮かべる。
「あのさ、前々から思ってたんだけど、俺、加奈恵には専業主婦になってほしいんだよね。だから、これを機に仕事も辞めてくれないかな」
「え……」
突然の物言いに、加奈恵は言葉を失った。
確かに、加奈恵は元々バリバリ働くキャリアウーマンなどのタイプではない。
けれど、専業主婦になる気はまだ無かった。
今回だって、一度休職して、少ししたらまた同じ店で働かせてもらうことを考えていた。
「で、でも。いきなり過ぎない? それに、シフトはまだ入ってるし。ちょっとお店と話をしてからでも……」
「あのさ。俺は本当はずっと家事に専念してほしかったんだよ? でも我慢してたんだよね。だからさ、もうスパッと辞めろよ。いい機会じゃん」
「そんな」
加奈恵は言葉を無くす。
私が今の仕事気に入ってるの、知ってるはずなのに……。そんなの、一方的じゃないかしら。
***
そして、事件は一週間後に起こった。