「夏の夜空がきれいだったなあ…。」
「素敵なプロポーズですね。それは、うれしいでしょうね。」
「とても。この人とずっと一緒に暮らせる、とうきうきしていました。」
若菜はラウンジの隅から隅の窓を見渡す。
地上27階に位置するラウンジから見える景色は、遮るものがほぼなにもない。
「このマンションも一緒に選んだんです。結婚したら、ここに二人で住めるね、って。ゆくゆくは、子供ができても安心して育てられるね、って。…結婚して、数か月は楽しく過ごしていました。」
「旦那さんが、単身赴任されたのね。」
若菜は無言でうなずく。
「わたしは、ついていくって言ったんです。寂しがりっていうのもあるし、せっかく夫婦になったんだから、一緒にいたいって。最初は、夫もできればそうしたいって言ってくれていたのですが、海外に住めばわたしのストレスも大きいだろう、って結局残るように説得されてしまいました。」
「旦那さんはいつ帰ってくるのか、目途はついているの?」
「彼も、1年に数回は日本に帰ってくるんです。それでも、半年に1回くらいかな…。今度はいつ帰ってくるのか、わかりません。連絡もなかなかとれなくて。」
聞けば、旦那さんは外資系商社に勤めているらしい。
年収も、軽く2,000万円は超えるはずだ。
日本を遠く離れた生活に加え、成果主義の仕事のプレッシャーは相当だろう。
「それは寂しいね…。旦那さんの仕事が終わったころに電話してみたら?」
「何回かかけてみたんですが、仕事が忙しいのか、出てくれないんですよね。…浮気とかしてたら、いやだな…。」
うつむきながら、手の甲をひたいにあてる。
さらさらと、サイドの髪が若菜に寄り添うように垂れてくる。
「大丈夫よ!聞いた感じ、旦那さんは浮気するようなタイプではなさそうだし。」
「うーん、そうですよね…。」
若菜は自虐的に笑う。
「夫と結婚したときは、玉の輿だと周りからうらやましがられて、わたしもなんだか得意になっていたのに。すっかり安心しきっていました。…本当に、幸せってなんでしょうね。」
泣きそうな顔で笑顔を作る。
「好きな人と結婚して、一緒に過ごす時間を大切にする若菜さんにとって、旦那さんと離れて暮らすのはつらいことよね。気持ちわかるわ。そうね…。何か、習い事をしてみるとかはどうかしら。今、ずっと家にいるの?」
「会社は辞めずにまだ働いています。結婚してからは、週4日のパートに切り替えてもらったんです。会社の人とは、あまり交流がないですけど。」
「そうなんだ。人と交流がないなら、なおさらどこかで気分を紛らわせる場所を作らないとね。」
「習い事か…。調べてみようかな。」
「うんうん。いいね。今は何でも選べるから楽しいね。」
にこっと微笑むと、若菜もうれしそうに笑った。