ラウンジに着くと、すでに若菜の姿があった。
こちらに背中を向け、オフホワイトのソファにちょこんと座っている。
黒々としたつやのある髪が、太陽の光に照らされ、輝いていた。
「お待たせしました。若菜さん?」
近づき、彼女の前に回り、顔を確認する。
マスクで口元は見えないが、間違いない。
あの日の女性だ。
「はい。」
ベルト付きのフレアスカートが静かに揺れる。
すっと立ち上がった姿は知的な雰囲気を感じさせた。
「今日はわざわざありがとうございます。」
「いいえ。こちらこそ、連絡ありがとう。」
笑顔で言いながら、彼女の向かいの席に座る。
「ゆっくり話が聞けるように、これ、よかったら飲んでね。」
幸雄の会社関係の人から、お歳暮でもらっていた有機野菜のジュースを渡す。
「ありがとうございます。」
受け取り、そのまま机に静かに置く。
置いたジュースをじっと見つめ、やがて肩を落として息を吐く。
「ふー…。聞いてもらってもいいでしょうか。」
そう言って、若菜は少しはにかみながら話し始めた。
「わたしたち夫婦は、結婚して2年目になります。子供はまだいません。わたしは、もうすぐ30になりますし、できれば早くほしいのですが…。」
「旦那さんが、海外出張に行かれているって言ってたわね。」
「はい。夫は今仕事で海外に行っています。結婚したときには、まさかこんな思いをするなんて考えてもいませんでした。出会ってから結婚まで、本当に幸せでしたから。」
若菜は目を潤ませながら、続けた。
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わたしが夫と出会ったのは、飲み会でした。
合コン、っていうのですかね。
大学時代の友達に誘われて、軽い気持ちで行ってみたダイニングバーで会いました。
名古屋駅の近くにあるお店なのですが…。
当時、わたしは20代も半ばにさしかかり、正直に言って、結婚を焦っていました。
周りは結婚ラッシュでしたから。
それに、お恥ずかしながら、それまで恋愛経験もほとんどなかったんです。
だから余計に焦っていたのかもしれません。
――こんなわたしでも、結婚できるのだろうか。
って。
結婚したいからって、誰でもいいわけじゃないんです。
それで、空回りばかりしている自分に少しイライラしていた時期でもありました。
友達が気を利かせて会社のツテでセッティングしてくれたのですが、わたしは合コン慣れもしていないですし、会話に溶け込めていなかったと思います。
そんなわたしを見かねてか、夫はわたしを気にかけてくれていました。
言葉に詰まってしまったら、「○○っていうこと?」と、言葉を引き出してくれたりもしました。
飲み物のおかわりも率先してやってくれていましたね。
第一印象ですか…?
うーん…、よく気が回る人だな…、頭がいいんだろうな、ですかね。
好印象でしたよ。
――ああ、こういう人と結婚出来たら、幸せなのかな。
って、ふと考えたりもしました。
――こういう人と家庭をもちたいな。
って。
…でも、そのときには、何もなかったんです。
連絡先を交換することも、お近づきになれるちょっとしたハプニングがあることも。
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「すみません、いただきます。」
話続けてのどが渇いたのだろう。
若菜がジュースを開け、一口飲む。
「大丈夫?ゆっくりでいいからね。」
「はい。大丈夫です。」
ジュースを手に持ったまま、若菜はまた、ぽつぽつと話し始めた。
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若菜夫妻の閉ざされた悩み 夫は外資系のエリート会社員なのに…?