店へ着くと、幸雄はすでに来ていたようですぐに部屋へ案内された。
女将さんが襖を開けると、ブリオーニのスーツをさらりと着こなした夫が座っていた。
「遠くまでお疲れ様。」
座敷に座ると幸雄が声をかける。
「それはわたしのセリフよ。お仕事お疲れ様でした。」
そういうと、幸雄は白い歯を見せ目尻を下げて笑う。
年を重ねてシワも増え、肌にはたるみが見えるようになったが昔の面影は相変わらずある。
「コースは予約しておいたからね。」
大学の同級生である幸雄と京子は、同窓会で再会した。
皆40代。
それぞれに年月を重ね、中には「老けた」と形容するにふさわしい人がいる一方で、幸雄は20代の頃と変わらない輝きを放っているようだった。
彼の気持ちが若々しかったのかもしれない。
社長をしている、と聞いたとき、京子はそれほど驚きもしなかった。
それに納得してしまう野心を、幸雄が若い頃から胸の内に秘めていたのを、京子は知っていた。
大学を出て某大手商社で会社員として就職した幸雄は、30代の頃独立して会社を立ち上げた。
輸出入貿易の経験からインテリア事業を興し、山あり谷ありはあったものの、今では年商3億を叩き出す会社の社長になった。
今後はさらに活動の幅を広げようと、世界進出も目指しているという幸雄は現在、相当忙しいはずだ。
「今日は何をしていたの。」
「名古屋駅まで出て、ショッピングをしていたわ。化粧品を買おうと思ったけれど、いいものが見つからなくて結局買わずに帰っちゃった。」
「そうなの。いいものがあれば何でも買えばいいからね。」
幸雄と結婚する前OLをしていた京子は、お金の大切さも稼ぐ大変さもわかっているつもりだった。
生まれ育った家は特別お金持ちというわけでもなく、かといってお金に大変苦労したという覚えもなく成人まで育ててもらった。
もちろん、買って欲しいモノを我慢したことだってある。
だから、幸雄が京子に甘いことも、一緒に過ごす新築タワーマンションの最上階も、京子にとっては少し居心地が悪かった。
広い3LDKの家にひとりでいると、日に日に自分が何も価値がない人間であるのではないか、という焦燥感と不安に駆られた。
「ありがとう。」
京子は思い切って、以前から頭で考えていたことを口に出してみることにした。
「あのね、わたし、趣味で占いをしてみようと思うの。お金をとらずにね。」
幸雄は一瞬言葉を失い、驚いた表情を見せた。
「そうか。」
あごに手をあててしばらく考え込んでいた幸雄だったが、やがて顔を上げた。
「京子がしたいことなら、応援するよ。」
京子はほっとした。
「占い」というものは、幸雄には受け入れられないと思っていた。
京子はむしろ好きだったが、それを苦手だと思う人がいるのも理解していた。
今まで会ってきた人に占いに否定的な人はいたし、男性はほとんどがそうだった。
「辛い思いをしてきた京子なら、色々な人の気持ちもわかるだろうし、きっと困っている人の力になれるよ。」
幸雄にやりたいことを認められたことがうれしくて、彼の迷いと不安に、そのときの京子は気付けなかった。