深夜に鳴り響いたスマートフォン。初めての敗北感は、小銭箱扱いしていた男からもたされた。初めて感じた嫉妬の矛先は…
前回:悪女 ~ Movement of the mouth ~ vol.1
深夜二時を過ぎた頃、スマートフォンのバイブ音が鳴り響いた。
寝る準備をして、パックをしていた莉子は面倒そうに画面に出ている文字を見た。
『ジロウ』
莉子は関係を持っている男の名前を全部フルネームでは保存しない。
相手と深く関わりすぎない為に、相手も自分に干渉を許さない関係を保つために、教えてもらった苗字やニックネームで入力していた。
『ジロウ』とはほぼLINEでやり取りをする、たまに食事に誘われて、気が向けば会うだけの間柄だった。
宴席コンパニオン派遣をしている知人から、個人コンパニオンという名目で、身内の飲み会に女子を呼びたいと連絡が入り、通常1時間4000円のところを、1時間5000円で引き受けた時に知り合った坊主だった。
傍目から見れば、コンパニオンというよりは誰かの連れに見えるように席に座り、飲んだり食べたり話を聞くだけ。
時間も宴席よりルーズで派遣される。その日も、数件店を梯子して5時間付き合った。
コンパニオンとしては、割のいい仕事。
でも紹介者は、一人派遣しただけで1時間10,000円を相手に請求していた。
その清算もさせられる為、ただ知り合いの女の子を紹介するだけで、自分は動かない。随分な仕事をしているものだと感じた。
それは呼んだ方の『ジロウ』も感じていたのだろう。
幾ら貰っているの?
個人LINE教えてよ。毎回君を指名できるか解らないから、個人で依頼したいと言ってきた。
本来なら、NG行為だ。
しかし、莉子はコンパニオン派遣会社に正規で所属している訳ではなく、知人に呼ばれていった先で、どこかの事務所と契約しているのか?と尋ねられ、していないと答えて、コンパニオンの女の子と連絡先を交換し、空いている時は来てほしいとお願いされて、あちこちに顔を出している。
今回にしても、本来のコンパニオン派遣ではない。
宴席というよりは身内同士のただの飲み会に、コンパニオン一人だけ呼び出すなんて、本来はしていけないと、他の事務所の知人は言っていた。
宴席に向かうのは、女子が最低2人以上でないとならない。
つまり違法な派遣だ。
文句を言われる筋合いはないので、連絡先を教えた。
派遣されている時の金額と同額を莉子は受け取った。
『ジロウ』は二人で会いたいという男ではなかった。
住職という職業もあってか、坊主仲間3人くらいと一緒に飲む時に、莉子にいて欲しいという依頼がほとんどだった。
莉子も『ジロウ』からの呼び出しを断る事はしなかった。
毎回『ジロウ』が連れてくる坊主たちは個性豊かで楽しかったし、無駄な気を使うこともない。
それに、坊主たちは世襲制が多い為、それなりにみんな根っから育ちがいい。
ただ、『ジロウ』だけは、寺に男子が生まれず婿入り住職だったからか、唇をめくりあげて笑う動きや、日本酒を飲む時さえ唇がめくりあがっていて、下品だと思っていた。
『ジロウ』は必ずタクシーを呼んでくれる。
そして見送る形で二人になったときに金を支払ってくる。
だが、回数を重ねていくと、あの気持ち悪い唇を寄せてきて、酔いに任せて莉子にキスを強要する事が多くなっていたので、そろそろ潮時かなぁとは思っていた。
コロナ禍に入り、外に出る時はマスクをしていたので、マスク越しに数回唇を押し付けられたが、それでも気持ちが悪かった。