NOVEL

悪女 ~ Movement of the mouth ~ vol.1

 

男と女も需要と供給。言葉より口元が雄弁に語りかけてくる。天然悪女、莉子のファーストステージが始まる

 


 

タワーマンションを購入したのは、30歳の誕生日の時だった。

 

何不自由ない一般的な家庭に生まれ育ち、漠然と自分も母と同じように20代の内に誰かと結婚をして、専業主婦になると思っていた。

 29歳を迎えたその日。

県内有数の高級ホテルのスイートルームでシャンペンを片手にバスローブを引っかけ、全面ガラス張りの高層階から見下ろした夜景を眺めながら、莉子が感じたのは『虚無感』だった。

 何となくそうありたいと願う気持ちが、必ずしも叶うわけではない。

反対もしかりだ。

 ホテルの予約をしてくれた、車のディーラーをしているらしい男の素性を、莉子は深くは知らない。

ただ、3月19日が私の誕生日なのだと伝えただけで、前日に連絡があった。

それだけの事だった。 

 

 

  

 

 

莉子はその時点で『つまらない男』と認識した。

彼は高級なレストランよりは、隠れ家的な車がないと行けない、口コミで人気を馳せているような名店での食事が多かった。

それは高評価だったが、莉子を呼ぶときの口の開き方が上唇を動かさないのに、少しだけ見えるインプラントの歯が無駄に目立つ。『金はあるが育ちが良くないタイプ』と莉子は認識していた。

だから、長くは続かないだろうと思っていた。

 

莉子は相手の目を見るのが苦手というよりは、相手の口の動きを観察する癖があった。

食事をする時の口の開け方よりも、ふと気を抜いた時のしゃべる口の動きを見ると、相手の育ちや考えていることがなんとなく理解できる。

 金持ちぶっていても、実は火の車状態の事業主もいれば、金はあるが心が出し惜しみして金を使わずに、欲したものを手に入れようとする者も多い。

 

そこを見極めて誘いに乗るのかをいつも考えていた。

その自分の癖に気付いたのは、20歳の頃だった。

今でも親交のある唯一本音で話せる小枝子とは、大学のコンパで出会った。

 

最初は互いに、良いイメージを持っていなかった。

小枝子は流行りに乗るタイプではなく、自己流のアジアン系ファッションを好んで身に着けていながら、そのサバサバした性格と『とりあえず、身体の相性は付き合う上で大切だから、行っとく?』という乗りの女性だった。

 莉子は反対に流行を常に追いかけてファッションを選び、奥手な女に見えるように当時は振舞っていた。

 大学ではお互いに学部が違うこともあり滅多に会ったことがなかったが、たまたま小枝子と食堂で一緒になり、成り行きで昼食をとっていた時の事だった。

 

『莉子はさぁ、男女問わずに、人の口元を見る癖があるでしょ?

二人だけって今まで無かったから確証がなかったけど、今やっと解った。

最初の頃は、男を引っかけるの上手い子だなぁって思ってたけど、それってただの癖なんだね。なんか・・・いい感じ。

計算高い悪女は好きじゃないけど、あんたみたいな天然悪女には興味あるんだよね。』