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ふと目が覚めると午前3時だった。
まだ朝まで時間は長い。隣を見ると三村がまだ寝息を立てている。
無意識に加澄さんの横顔を思い浮かべていた自分に気づき、三村の横顔で少しがっかりしたのを感じた。
たぶん俺は最低なのだろう。
三村は俺の部屋で一つ秘密を打ち明けた。
俺と付き合うまで人事部長と付き合っていたのだという。これには驚いた。
だからこそ婚約の話は本当だと実感しショックが上塗りされた。
三村が中途入社で入り、部署をまわる中で人事部を経験したこと。そもそも人材育成に興味を持っていたこともあって配属されたのだが向いておらず、営業へ希望を出し直したこと。
その時、人事部長に相談に乗ってもらったのが付き合うきっかけになったとのことだった。
三村が言うにはお互い傷を舐めあうような関係だったらしい。
キャリアに悩み、特定の彼氏がいなかった三村と、不倫により離婚となり社内でも居づらい状況になってしまった人事部長。加澄さんは海外赴任した直後だった。
そこで関係をもってしまうのは想像に難くない。
三村にとって加澄さんは仕事ができる素敵な先輩だったそうだから悪いようには捉えていなかった。むしろ、なぜ人事部長が加澄さんと再婚しないのかもどかしい時もあったという。
「でも、私よりずっと大人の人がそんな勇気も出せないのが可愛く見えてきちゃって」
そう言っていた。
人事部長は海外の加澄さんのところへ会いに行くが踏み切れないばかりか、また傷つけてしまうのではと考えてしまい結局復縁することはなかったらしい。
最近までは。
「そんな時、純くんが加澄さんと何か始まったことに気づいたんだよね」
それを部長に話すと動揺するのがはっきりと見てとれたという。
三村は俺との付き合いが始まってからも恋愛相談をすることがあったらしく何度か食事に行ったそうだ。
その点については必死に弁解をしていた。
「純くんと付き合っているのに他の人とご飯に行ったりして悪いと思ってた。でも付き合いだしてからはただご飯食べただけだよ。純くんのことで話を聞いてもらってるだけで。それに、部長には加澄さんとうまくいってほしかったし、背中を押したかったの。あの人がまだ加澄さんのことを好きだってわかってたから」
浮気をした俺がどうこう言えるものではない。
「純くんと加澄さんのことを部長に伝えたら最初は少し落ち込んでいたんだよ。でもそれがきっかけで加澄さんに気持ちを伝えたみたい。純くんに取られたってわかってから本音を言うなんて馬鹿みたい」
三村はどこか冷めた声で言う。
「…三村は好きじゃなかったの?部長のこと」
そう聞くとあからさまに困った顔をした。
「無神経だね、純くんは。うーん、正直よくわかんない。好きだけどずっと一緒にいたいとかそういう気持ちじゃなかったし。今の部署に異動になってからは隣の席にいる純くんのことが気になりだしちゃったし」
やけに素直だ。
「悪いけどね、加澄さんはこういうこと全部わかってて動いてたんだと思う」
真剣な顔をして俺の方を向く。
それって…。
「そう、だから純くんは利用されただけだったんだよ」
加澄さんの笑顔が思い出される。
一緒に散歩したり買い物に行ったり。そんな時に見せてくれた表情も本当は嘘だったというのだろうか。
二人が婚約したことは本当のようだった。もしそれが嘘だとしても、俺ははっきりと彼女から別れを告げられたのだ。状況は変わらない。
もう手に入らないのだ。
それを実感しただけだった。