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五感で楽しむ抹茶茶碗:冒険陶芸家・小野穣が作る日常に溶け込む芸術

2023年3月伊勢丹新宿店で開催された「オノ・ユタカ個展 -猪目茶碗の世界を中心にー」。 愛らしいピンク色の猪目茶碗から渋い色味の丸茶碗まで多彩な茶碗が並び、訪れた人々を魅了した展示会は盛況のうちに幕を閉じた。

 

茶道具を中心とした作品で国内外にファンを持つ陶芸家・小野穣氏。彼の代表作「猪目茶碗(いのめちゃわん)」は、ハート形のかわいらしいデザインと深い伝統が調和し、多くの人の心を魅了しています。「冒険陶芸家」という肩書を持つ小野氏に、柔らかな感性と真摯な姿勢から生み出される作品の魅力や、今後の展望についてお話を伺いました。

 

人生に寄り添う陶芸家・小野氏の創作哲学

陶芸家の小野氏は、作品づくりを通じて、器の持つ魅力を深く探求しています。彼にとって、器はただの美術品ではなく、人と共にあり続ける重要な存在なのです。

 

「人生に寄り添うモノツクリ」を求めて

作品名:蝶花 小野氏が幼かった頃、母親に抱かれて散歩していた際、モンシロチョウが指に止まった感動の記憶を形にした作品


「器は手で触れ、唇で感じることができます。それは絵画とも彫刻とも違うものです」と語る小野氏。陶芸は美術品ではなく、日常生活の一部として存在し、人とともに時を刻む存在であることに強く惹かれたといいます。

加えて、陶芸は焼き上がるまで結果が予測できず、「小さな奇跡」を待ち望む時間にも創作の面白さを感じるそう。このような偶然との対話が、彼の創作活動を形作っているのでしょう。
 

「茶碗に始まり茶碗に終わる」

猪目茶碗と久野輝幸氏作の茶杓が並ぶ。「抹茶生活のススメ、秋を彩る暮らしの茶道具展」(2024年9月、名古屋三越栄店にて)

 



供の頃から茶道に親しんでいたものの、本格的に茶道具を手がけるようになったのは、陶芸を始めてから。「焼き物は茶碗に始まり、茶碗に終わる」という言葉を聞き、見よう見まねで茶碗を作り始めたといいます。そのころ、偶然出品した茶道具の企画展でグランプリを受賞。これがきっかけで小野氏の制作の中心は茶道具に。

掌の中の小さな彫刻

作品名:星の王子さま 友人の茶人でもあるお子さんへプレゼントしたのがきっかけでうまれた抹茶茶碗。コロナ禍で閉鎖が相次いだ茶道教室に元気を届けたいという思いが込められている。

 

 それぞれが持つ形、色、大きさ、そして手触りの違いが、「オンリーワンの世界観」を生み出す茶碗。小野氏は「茶碗は掌の中で大切に包み、愛でることのできる小さな彫刻」と語ります。茶碗は茶道における実用性を備える一方、使う人の心にも寄り添う存在。身近な存在でありながら、奥深さを感じます。

冒険陶芸家

制作に励む小野氏、自身の工房にて。

◯◯陶芸家」といった肩書きを表現するのが流行していたころ、自らを表現するため、「冒険陶芸家」というユニークな肩書きを思いつき、「材料を求めて山を歩く姿が、まるで映画の主人公インディ・ジョーンズのように思えた」というのが命名のきっかけだとか。しかし、現在は勝手に山から土を持ち帰ることは法律的に難しいため、「作品に対する冒険」という気持ちを込めて、この肩書きを使い続けているそうです。

 

猪目茶碗の誕生

小野氏の「猪目茶碗」は、女性向け茶道具の企画展を契機に誕生しました。ハート形の茶碗を作りたいという思いが、彼に新たな挑戦をもたらします。

 

ハート形から「猪目」へ

小野氏の代表作・「猪目茶碗(いのめちゃわん)」のはじまりは女性向け茶道具の企画展。この企画のコンセプトでもある「可愛らしい抹茶茶碗」を作りたいという思いから、ハートをモチーフにした抹茶茶碗の制作がスタートしました。

ハート形の茶碗は、女性の心をつかみましたが、男性の小野氏がハート形の器を作り続けることへの照れくささも生み出します。何かよい和名があれば…と探していたころ、京都の正寿院にある「猪目窓」と出会い、ハート形=猪目という発見に至ったのです。

 

猪目の歴史と魅力

猪目はもともと、仏教で「悟りのかたち」とされる菩提樹の葉の形に由来し、魔除けの意味を持つ意匠として神社仏閣などに使われてきました。中国から伝わった仏教にはハート型の菩提樹は見られないため、インドから日本に直接伝来した可能性があるという説も興味深いもの。さらに、茶道の世界では猪が火の神様として尊ばれ、11月の炉開きには「猪子餅」を食べて無病息災を祈ります。猪目のデザインは単なる装飾ではなく、こうした深い意味を持つ点にも強い魅力を感じずにはいられません。

 

ご縁から生まれる創作

小野氏の作品制作の源は、人との出会い。これまでに出会った人の考え方や経験が彼の世界観を広げ、作品に反映されています。人との出会い=ご縁、この「ご縁」という言葉が彼の創作活動のキーワードかもしれません。

また、作品に付けられる名前(銘)は、完成した作品を眺めているうちに自然と生まれるといいます。時には夢で見たイメージを具体化することもあるそうです。

 

お客様のもとで輝く茶碗たち

小野氏は制作現場で見慣れた茶碗が、使い手の手元で輝く瞬間に感動することが多いといいます。お客様が茶碗を美しくコーディネートした画像をSNSに投稿し、その光景を見た彼も「キュンキュンしてくる」と笑顔で語ります。こうした交流が次の創作への励みとなり、作品の新しい価値を生み出し続けているのですね。

 

未来への挑戦


「ルイ・ヴィトンやロエベとコラボできたら」

夢は茶道具とブランドのコラボレーション。それだけに留まらず野点(のだて=お外でお茶を点てること)をテーマに、車と茶碗のコラボレーションや、ホワイトキューブと呼ばれる真っ白な空間で、色とりどりの猪目茶碗を床にちりばめたインスタレーションにも挑戦したいそう。

 

伝統を重んじながらも、新しい価値を生み出し続ける「冒険陶芸家」小野穣氏。彼の作品はその独自の視点と感性から生まれ、手に取る人々を魅了し続けています。

 

 

202496日、熱田神宮の門前にオープンした「妙香園 あつたnagAya店」では、猪目茶碗でお抹茶などが楽しめ、猪目茶碗の購入も可能です。

また、1118日に東玉堂(名古屋市中村区)での催事、来年25日から211日まで伊勢丹新宿での個展も決定しています。これからの活動がますます楽しみですね。

 

小野穣 

プロフィール

福岡県生まれ。名古屋芸術大学彫刻科で造形を学び。その後セラミック科の研究生として陶芸を修める。メナード美術館(愛知県小牧市)にて学芸員を務めたのち、瀬戸市に開窯。代表作のハートをデザインした猪目茶碗は、その独創性と温かさが多くの女性の心をとらえ続けている。

国内では有名百貨店での個展開催や、海外(主にヨーロッパ)では個展やティーセレモニー等に多数出品し、多くの作品が注目を集める。また20204月から連載中の漫画『野点の茶世子ちゃん』にて原作を担当するなど、その活躍は多岐にわたっている。

 

 

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