勇希は頭が腫れていたものの、検査では異常もなく数日間の安静でよいと帰宅を許された。
私は心配と緊張で強張っていた体が少しずつ緩んでいくのを感じた。
はじめから読む▶夫婦のカタチ vol.1~失ったもの~
-雫の落ちる瞬間-
あんなに泣いていた勇希も大嫌いな病院を出てママとお家に帰れるとわかったのか、
どこか安心した表情に変わっていた。
病院を出ると、あたりはすでに日が沈んで暗くなっていた。
今日という日がとても短く、怒涛の出来事だったように感じられる。
「本当に何もなくてよかったねぇ。勇希、お空が真っ暗になっちゃったよ。夕ご飯は何にしようか」
なんて勇希に話しかけながら、ふと私はスマホの画面に目を落とした。
すると画面にはびっしり康平から、不在着信とメッセージの通知が届いていた。
「帰ったのに家にいないけど、どっか買い物中?」
「勇希とどこ行ってるんだ?」
「もう暗くなってるのにまだ帰らないのか?」
「お母さん達の所にもいないし、どこ行ってるんだよ。連絡もなしに」
「メッセージ見たらすぐに連絡すること」
そうだった。
いつも康平の帰りが遅いことに、この前私が少し不満を漏らしたから、今日は定時で帰宅して久しぶりに家族そろって食事をする約束だった。
この日の為に今週は毎日0時を過ぎた頃に疲れた顔で帰ってきていた康平。
仕事人間ではあるが、こういうところが彼の優しい所だ。
私はスマホの画面を見つめる。
康平からの連絡を見るまで、康平に連絡を入れるという考えすらまったく思いついていなかった。
普通は我が子が救急車で運ばれたら真っ先に旦那に連絡するだろう。
こんな当たり前を自然とスルーしてしまうほど、私の中で「父親の康平」が薄れてしまっていることに気がついた。