時折漏らす吐息は、無性に色気があった。
Aやビルとは違った感覚。
非日常の世界に深く入り込めるような、大人の時間。言葉はなくても、まるでそのときは愛されているような感覚があった。
―もっと、近づきたい。
この時間が永遠であればいい。この感じは、いつぶりだろう。
幸枝は、たくましく大きな腕の中で、ゆっくりと目を閉じた。
―彼とは、距離感をもたないと。
服を着ながら心の整理をつけるが、昂ぶる気持ちは抑えきれない。
―もうひと晩、一緒にいられないかな。
このまま帰ってしまうのが惜しい。もう一度、すぐにでもあの感情を味わいたい。
もしかしたら、もう会えない可能性もある。焦燥感に駆られ、着替え終わった彼を呼び止める。
「あの、明日って空いてますか?よかったら、このまま泊まってみないかなー、と思って…。」
すると彼は、顔色一つ変えずに答える。
「明日は彼女とデートなので。」
「あ、」
やっぱり。彼女、いるよね。
「…そうなんですね。」
残念です、と言いたい気持ちをぐっと堪えた。
アプリでの人員補充計画は続いている。こちらからはなるべくいいねは送らない。
女性から送ると、相手に強く自分を印象づけてしまう可能性がある。だから幸枝は、万が一のためにいいねをもらった人の中から選ぶことにしている。
真剣交際希望の人が多くないと噂のアプリに登録したからか、お相手探しはそんなに苦労しなかった。
幸枝に興味をもってくれる人は何人かいたが、免許証を送ってくれる人はさすがに少ない。
顔写真を確認していると、不意にぼーっと考えてしまう。
―この人は、あの人のように抱きしめてくれるのだろうか。
―そういえば、あの人の彼女は、どんな人なんだろう。
―彼女といるときの彼は、どんな表情をみせるのだろう。
彼に愛される彼女が羨ましい。
少し、そう思ってしまった。