仕事を理由に美果を呼び出した新一は常滑に連れていく。
美果の案でデザインのイメージが固まるが、一緒にディスプレイを見るうちに思わず抱きしめてしまい…。
前回:Silver Streak vol.8~元彼は自分の気持ちを抑えきれず…夫の帰国前日に起こったこととは?~
はじめから読む:Silver Streak vol.1~スイートルームから毎朝出社する女性。ホテルのバーでの思わぬ出来事とは?~
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「美果…ごめん」
こめられていた腕の強さがふっと和らいだ。
少し寂しげな新一の顔を見つめる。
どこかで私は期待していたのだろうか。そもそも元彼とこんな風に二人で出かけることに何か感じ取っていたのではないか。
さっき自分が言った言葉は狡(こす)いと思った。
結婚してるから、なんて何の抵抗にもならない。自らここに来ている以上、なんの言い訳も通じないのではないだろうか。
まだ新一の顔は近い。
肩には腕の重みを感じるし、新一の髪が少し肌に触れているのがわかる。
うっすらと感じるコロンと汗の香り。
私は知っている、と思った。もう15年以上前のことでも香りは記憶を呼び起こさせる。
「…新一、私帰るね」
美果はできるだけそっと言った。
腕が美果から離れる。
新一は美果をまっすぐ見て言った。
「もう既婚者なんだよな。ごめん、相変わらず美果はいい女だよ。ついこうしてしまうほど」
困ったような表情で新一はそう呟く。
美果はたまらなくなって言った。
「そもそも新一が私を振ったんでしょ?それに私が帰国したらとっくに彼女作ったりして…ってもう昔のことだけど…」
当時は言えなかった不満だった。
「いい女だなんて言うならなんで振ったりしたのよ…新一がアメリカに行った時は私ばっかり寂しくて。それに私がフランスに行くときだって新一はただ明るいだけで…自分の未来ばかり見つめててさ」
素面なのにするすると言葉が出てきてしまった。常滑での時間が楽しかったからこそ、ここでわだかまりを作りたくなかった。
もうずっと前に溜め込んだ感情がこんなにもなめらかに出てくるなんて不思議だ。
新一は美果の言葉に驚いた様子だった。
「…そんなの初めて聞いたよ。むしろ美果は俺がアメリカいるときのメールだって近況報告ばかりだっただろ。寂しがってる様子なんて全然なかったし…それにフランス行くことも地元で働くことも自分の中できっちり決めてて」
「学生だもの、将来のことくらい考えるわよ。新一だって色々考えてたじゃない。アメリカで就職したいようなことも言ってたし」
つい反論する。
「それは美果の未来設計が決まってたからだ。それを聞いて自分も決めなきゃって焦ってさ…アメリカでどうこうしたいって言ったけどその時はまだ本心じゃなかったっていうか、美果の手前ちゃんとビジョンを持っているって見られたかったっていうか…」
今さら昔のことを言うのは気が引けるのだが、どうやらお互いの認識が違うようだ。
さっきまでのムードはすっかりなくなっている。
「本心じゃなかったの…?私はそれを聞いて、新一の未来に私はいないんだって思ってた。フランスに行ってすぐに別れようって言ってくるし」
「美果が俺を将来設計に入れてないように感じたからだよ。美果はきっと俺のことを振るんだろうなって思って、先に振ったっていうか…」
「はあ?」
お互いの意見がかけ合わされていく。