高速を使うと一時間もかからない常滑は、名古屋とはまた違った雰囲気の町だ。
新一は昔からこの町の風情が好きで時々来ていた。
普段はデジタルなデザインが多いからこそ、手で作られたぬくもりを感じられる陶器に魅力を感じているのかもしれない。
子どものときには陶芸体験をしたこともあるし、自宅の食器を数点こちらで買ったこともある。小道を思うままに散策すると不思議と仕事のアイデア等も浮かんでくるのだった。
「今度フレンチレストランの内装デザインを手がけることになってさ。常滑の工房でオリジナル食器も作りたいらしくて。オーナーは東京出身なんだけど、俺が名古屋出身だからかその食器デザインも案が欲しいって言われてるんだ」
新一は事情を説明した。内容に嘘はない。フレンチレストランと常滑焼が新一の中ではうまく繋がらなかったのだが、フランスを良く知っている美果なら何かヒントをくれるのではないかと思ったのだ。
「フレンチと常滑焼…なかなかおもしろいわね」
楽しそうに美果は言った。
常滑焼は日本の焼き物の中でも千年の歴史をもつ。特に有名なのは江戸時代後期から作られてきた急須で、お茶がまろやかになり美味しくなるものだ。
オーナーは食後の紅茶を急須で淹れてはどうか、というユニークな案を出していた。
紅茶もまろやかになるのかわからないが、フレンチに常滑焼を取り入れようとする試みは興味深い。
既に何軒かそのようなレストランがあるのだが、デザインが似たようなものにならないよう新一は未だ行っていなかった。
今回手がけるレストランの方向性が決まった後で行こうと思っている。
既に数回訪れている工房へ美果を連れていき、ピックアップしている器や皿を見てもらう。
美果の会社はフランスの食材も扱っているため自分よりも遥かに詳しく、時々出てくる横文字の名前を聞き返さなくてはならなかった。
「フレンチの仕事をするのならそれくらい勉強しておきなさいよ」
姉が弟に叱るような口調で言う。ちょっと悪戯っぽい表情を浮かべる美果を見るのは久しぶりだった。
「このモスグリーンのお皿…和風に言うと苔色かな。このお皿にバルサミコを垂らしたら引き締まりそうね」
「石のような質感の器にはフランボワーズのムースなんか引きたつんじゃない?」
見て回りながら次々と口にする。下心なしにここに来てもらって正解だと思う。
そのセンスの良さが嬉しいのか、工房の人も一緒になって案を出してくれていた。
帰り際には、自ら作った焼き物がどのように使われるのかを一緒に考えるのが楽しかった、とも言ってくれた。
双方の案を聞いているうちに新一の中でもイメージがまとまってきたのを感じていた。
料理のことは詳しくない。でもこの焼き物とフレンチが融合するような店内デザインの方向性が見えたような気がする。
写真を何枚も撮り、オフィスに帰ってから美果に再度確認してもらった。
ディスプレイを見ながら美果がコメントを画像に書き込んでくれた。後でスタッフたちと共有するのにも役立つだろう。
帰りの車でもフランスの話をたっぷりしていたためか、二人はすっかり友人の空気になっていたが、新一はふと美果の横顔を見た。
大画面とはいえ一つのディスプレイを眺めている以上、多少距離は近くなる。
端正な顔立ち、艶やかな髪など学生の頃に比べてぐっと女性らしさが感じられた。
美果は自分の視線に気づいているのかいないのか、スクロールしながら次々とタイプしてくれる。
その華奢な肩を見つめ、既に他者のものとなってしまっているんだな、と感じた時にどうしようもない気持ちになった。
抑えきれなくなり横から手を回してしまう。