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高史の帰国に合わせて美果は一週間の有休を取った。
去年も取っていたので職場での理解は得られていたし、マネージャー試験の後だったからか周囲も気を遣ってくれたようだ。
結果がそろそろ出る筈だったが当初の予定よりも選考に時間がかかっている。
休みに入る前に結果がわかれば良かったのだがそれはかなわなかった。
高史が帰国して4日目、実家に帰ったり慌ただしく過ごしていた日も過ぎ、やっと朝からゆっくりできるようになった。
スタッフが気兼ねしてしまわないようあまりルームサービスを頼まない美果だが、せっかく高史が帰って来ているのだからのんびりと朝食を取りたかった。
「ルームサービスいいよな。寝起きでもこの眺めでコーヒーが飲めるなんて」
こういう堂々とした姿勢が経営者一族の一員だと感じる。
「きっとキッチンは恐縮しているわよ。オーナーの息子に出すなんて気を遣うだろうし」
実際高史がホテルに入った瞬間に気づいたスタッフたちがピンとした姿勢をより正しく直したのがわかるくらいだった。
経営に参画していないことはわかっていながらもその存在は意識されている。
その度に美果はそのような立場の人と結婚したのだと実感する。
名古屋にいる限りずっと感じ続けることだろう。自分以上に高史の方が生まれてからずっと感じているのだろうが慣れたのか、特に気にしていないのか、居心地が悪いとは感じていないようだ。
居心地が悪い…?私はそう感じているのだろうか。
美果はふと疑問に思う。
少ししんなりしたバゲットにバターとジャムを塗り高史の後ろ姿を眺める。
こうやって一緒にいるのは何か月ぶりだろう。前に美果がパリへ遊びに行った時以来だ。
今のホテル暮らしにもすっかり慣れてしまったが、いつかまたマンションに引っ越すときが来るのだろう。
「今日はどこへ行く?」
振りむいて高史が聞く。
せっかくなのだからいつも行かないところへ行きたい、と美果は言う。
高史が帰国する前日、新一と会っていた。週末だったが待ち合わせは新一のオフィスで。
その時の会話は今も反芻できるほど鮮明だ。
それに、明日はマネージャーポジションの結果が出る日であり、やきもきした気持ちで休みを台なしにしたくない。
外に出て、それらを忘れる一日にしたいと美果は思った。
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新一は仕事を理由に美果を自身のオフィスに呼び出し常滑まで連れていく。オフィスに戻り二人でディスプレイを見比べているうちに新一は美果を思わず抱きしめてしまう。