価値観。美果がずっと引っかかっている言葉だ。
友人の言葉が小さな棘になってしまうのも価値観が違うだけで、同じ価値観を持っていたら何も気にしなくて済むのだろう。
「…違う価値観の人同士がうまくやっていくのって難しいのでしょうか」
義兄は片方の眉だけを上げる仕草をした。
「そう思うことが何かあったのかな?そうだな…難しいだろうね。価値観が違うだけでどちらが正しいのでも間違っているのでもないわけだから」
一旦沈黙した後、義兄は続けた。
「違う価値観だからといって相手を批判するようなことをしなければうまくいくと思うよ。そもそも100%同じ価値観の人はいないだろう。あくまで似ている価値観だというだけで。それに、何かを学び合っていくのは違う価値観の人同士の方が良いと思う」
「違う価値観の人同士の方が良い?」
友人たちはそれにあたるのだろうか。先日の友人とのことを美果は大まかな部分だけ話した。
「なるほどね。でも、申し訳ないけど美果さんの友人たちは違う価値観を認めていないよね?排除しようとしている。学び合い、高め合っていけるのは価値観が違いつつも認め合える場合だよ。通じ合える相手というのはそういう意味だ。お互いを受け入れて自分も相手も尊重できる関係が理想的なんじゃないかな」
義兄の言うとおりだ。
美果は価値観を否定されていることに納得できないでいた。だから棘となっていたのだ。
「もう一杯飲むかい?シルバー・ストリークはどう?」
美果が飲んだことのないカクテルだ。
「シルバー・ストリークって飲んだことがないのですが飲めるかしら?」
「スパイスやハーブが特徴でね。たぶん美果さん好きだと思うよ。前に色々ご飯作ってくれた時に結構そういう味付けの出してくれただろう?」
何年か前に義兄夫婦を家に招いたときだった。美果は度々異国情緒あふれる料理を作る。
クスクスやムサカ、ファラフェルなどいずれも北アフリカやギリシャなどの料理であるが、
フランスに留学していた時にそういう異国の料理をたくさん触れることができ作るようになった。
その話を高史が義兄にしたのか、当時リクエストされた覚えがある。
「あの時は少し緊張しましたよ。日本ではあまり一般的でない料理ですし、口が肥えたお義兄さんたちに出すのですから」
「はは、それは悪かったね。でも本当に美味しかったし新鮮な経験だったよ」
目の前にシルバー・ストリークが置かれる。あたたかみのある磨りガラスのような琥珀色だ。
「シルバー・ストリークはね、アニスやオレンジピール、シナモンなどのスパイスとハーブが何種類も入っているんだ。薬草のカクテルだね。心を落ち着かせてくれるから眠れない時にもおすすめだよ」
美果が半分ほど飲み終わったところで、
「一人の時間を邪魔しちゃって悪かったね。じゃあまた」
と言ってバーを出ていった。
重責を担っている義兄にも眠れない時があるのだろうか。