NOVEL

Silver Streak vol .3~思いがけない再会と渡された名刺。変わりなく過ぎていく毎日に訪れた刺激とは…?~

 

「そのまま自然消滅しちゃったの?」

ザッハトルテにはやっぱりコーヒーかな、なんて言いながら加奈子はコーヒーをオーダーした。

上品にニース風サラダを平らげた後のデザート。彼女はいつも綺麗に、しかしどこか大胆に食べる。

美果もつられて桃のタルトを頼んだ。

「自然消滅ってわけでもないんですよね。一応友達に戻ろう宣言されましたし」

長い間開けていなかった記憶の引き出しを開ける感覚だった。

別れを告げたのは向こうだったのだ。

「たぶん、私の不満とか彼の将来を応援できない姿勢とかが伝わってたんだと思うんです。フランスに行ってすぐに連絡が来てそう言われました」

今でもその時の声を思い出せる。

悲しいようでも寂しいようでもなく、あっけらかんと晴れ晴れした声だったのだ。

その声に異国で心細い日々を送っていた美果は傷ついた。

フランスに慣れた頃だったらそこまで傷つかずに済んだのに。

まだ言葉も友人もままならない時期だったので一人で悶々としてしまったことを覚えている。

 

「どうせなら自分の不満をもっと言っておけばよかったかなと思うんですよね。それに私は私で彼の生活について行こうなんて気はまったくなかったんだなあって。彼氏よりも名古屋でキャリアを築くことの方が大事だったのかもしれない」

「そうねぇ。それに別れたおかげで今の旦那さんに会えたんでしょ?」

その通りだ。

数か月後に美果は高史と出会ったのだった。

今となってはこの結果で良かったんだろう。

一つ腹立たしいのはフランスから帰国した際に新一に新しい彼女ができたと聞いた時だった。

同じ大学の後輩だったが、在学中に友人たちと起業をしたという意欲も気力もある子だ。

記憶が正しければ彼女はデザイン系の学部だったから今でも新一とつながりがあるのかもしれない。

きっと彼が望んでいたのはそういう自立した女性だったんだと思う。

今の美果は十分に自立しているが、当時はまだ将来に不安を抱える年相応の学生だった。

アメリカでアグレッシブな人間を多く見てきた新一には物足りなかったんだな、と想像できる。

でもそれは向こうの身勝手だ。

いずれにせよ、もう過去のことなのだ。

会計を終え、栄に向かう加奈子をタクシー乗り場まで見送る。

今日は夫へのギフトを百貨店で探すのだそうだ。もうすぐ誕生日らしい。

結婚して子どもが成長してもこうやってきちんと選びに行く加奈子は理想的な夫婦像だった。

 

「もう一度言うけど、連絡取ってみたら?違うキャリアを歩んできた男と女だもの。きっといい刺激を与え合えると思うわ。浮気とか不倫とかそういうことじゃなくて…うまく言えないけど、40近くなるとまた違う形で影響しあえるものよ」

そう言って後部座席に乗り込んだ。

確かに代表取締役になるくらいだから美果の想像のつかないキャリアを歩んできただろう。

話を聞いてみたいと素直に思う。

ただ刺激を受けたいだけではない。美果は会社の中でも安定した立ち位置なのだが、岐路に立つかどうか迷っていたのだった。

それを知ってか知らずか加奈子はあんな風に言ってくれたのかもしれない。

その岐路に立つかどうかは週明けに会社に行くまでには決めなくてはならない。

美果の意志は決まっているのだが…背中を押してくれる一言も欲しい。

‘美果です。この間はびっくりした。名刺にIDが書いてあったので連絡してみました’

送信ボタンをそっとタッチした。

その途端に既読がつき、リプライが来たのだった。

 

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社内の新規企画部門のマネージャー職への応募を決意した美果。今回、一歩進むことを促してくれたのは他でもない元カレの新一だった。