「連絡してみればいいんじゃない?正直15年以上も経ってるんだし、いきなり再会したからといって、今のあなたがどうこうなるとは思えないし。元彼がまわりまわって良い友人になることも十分ある話だしね」
元彼。
自分では言語化しないようにしていたワードがするりと耳に入ってきたので身構えてしまう。
そう、新一は元彼だった。高史と会う前の。
とはいえ、もう20歳前後のことだ。まだ同じ大学で学んでいたころのこと。
別れた理由は良く覚えている。
新一がアメリカに留学し、その後美果がフランスに留学したタイミングである。
19で付き合い始め、新一が先に留学。
一年後に帰国したがほとんど間を置かずに美果が旅立ったのだった。
新一がアメリカから帰って来た時、彼は新しい世界にどっぷりと浸かっていて卒業後は向こうにまた行きたいと言っていた。
できれば大学院を向こうで。その後に就職もしたい。
目を輝かせながらそんな希望を語る新一に、フランスに旅立つ直前の美果は哀しくなった。
フランスから帰国したら名古屋で就職しようとしている自分の希望を彼は知っている筈だ。
具体的ではないまでも、帰国後は二人で一緒にいるのだろうと当然思っていた。
でも彼は違う。
彼は自分の行く道のみを目の前に考えていて美果がそこにいないようだ。
まして、すぐにフランスに旅立つ美果のことを寂しがっているようでもない。
異文化の中で過ごすことの恐さや楽しさや励ましはたくさん言ってくれたが、自分を恋しく思うような言葉は一つも言ってくれなかった。
それほどアメリカでの一年は新一にとって大きなことだったのだろう。
今になってそれはよくわかる。
自分だってフランスでの生活は日本での経験の何倍もの大きなものであったし、名古屋に帰ってきてからはいろんなものを見たり考えたりする視点が変わったと思う。
でもそれを当時の自分がわかる筈もなかった。
新一は待っているよ、とも会いに行くね、とも何も言わず、ただ笑顔で美果を見送ったのだった。