スイートルームに居を置く商社勤務の美果。ラグジュアリーな生活を日々送りつつキャリアを重ねている。
ホテルのバーで時を楽しみ部屋に戻ろうとしたとき、突然手首を掴む男がいた。
前回:Silver Streak vol.1~スイートルームから毎朝出社する女性。ホテルのバーでの思わぬ出来事とは?~
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「やっぱり、スイートルームに泊まってるんだ?」
いきなり話しかけられて声を上げる間もなかった。
日常生活の中で強い力で手首を掴まれる経験はそうないだろう。驚いたと同時に、本当に驚く時って声も出ないんだなとどこか冷静に思う。
男の顔をぱっと見上げる。
それは美果のよく知っている、いや、よく知っていたというべき男だった。
「新一…」
髪型や雰囲気は少し変わっているが、強い光を持った目、シャツの上からでもわかるような均整の取れた筋肉質な容姿は昔の印象のままだ。
少し頬が痩せたかもしれない。
「久しぶり、美果」
相変わらず野性的な笑顔でそう自分に呼びかけられると何年も前の記憶がすぐに引き出せるようになってしまう。
最後に会ったのはいつだろう…、と思いながら我に返る。
ここは少し奥まったエレベーターホールなのだ。
義父がオーナーであるこのホテルの中で誤解されるような言動は慎まなくてはならない。
ましてもう夜も遅い時間である。
「ちょっとこっちで!」
慌てて新一をさっきのバーまで引っ張っていった。
◆
ゴォン……。
重々しい音を立ててエレベーターが動き出す。
ふっと足が浮くような感覚のまま美果を乗せてスイートルームへ向かうのだった。
通常階向けのエレベーターに比べてだいぶ落ち着いた照明のエレベーターは、狭いながらもこだわりを持ったつくりになっている。
歴史を感じさせる壁にシックな文字で示されたボタン、小ぶりのシャンデリアが飾られた天井、そして扉がしまった瞬間にすべての物音を消し去る独特の空気。
この小さな庫内の雰囲気が好きだと夫の高史が言っていたのを思い出す。
「子どもの時はちょっと怖かったんだよな。少し薄暗くてさ」
一緒に乗ったのはスイートルームの宿泊を婚約祝いとして義父からいただいた時だ。
天井のシャンデリアを見上げながら話していた。
「でもさ、この扉が閉じられた時の無音状態とか外とは違うこの明るさがさ、他の世界を全部シャットアウトするみたいに感じたんだ。ここには自分しかいないんじゃないかって」
いつもはクールで淡々とした高史が見せた意外な一面だった。
美果が知らない表情を知れたようで温かい気持ちになったのを覚えている。