ホテルで一緒に過ごすのは、大体2〜3時間。
翔太の欲が満足すれば、私は用済み。
きっと翔太は「残業で遅くなる」とでも言って、私に会っているのだろう。
翔太は奥さんと仕事関係で出会ったわけではないから、残業がほとんどないなんて事実、知らないのだと思う。
これはきっと、知らない方が良い事実だ。
次第に翔太と会う頻度は増えていった。
それは決まって平日の夜。場所はホテル。
外で一緒にご飯を食べたり、映画を観に行ったり、普通の恋人らしいことは何もしなかった。
きっと私のことは、不倫相手というかセフレにしか見ていないのだろう。
私はそれでも良かった。好きな人と体を重ねることができるだけで。
一度、私から翔太を誘ったことがあった。
連絡をしたのは土曜の昼間。
その日はたまたま休日出勤で、打ち合わせに出ていた。
そして打ち合わせ先のクライアントが翔太の家の近くで、無性に会いたくなったのだ。
「今日仕事で翔太の家の近くに来てるから、少しだけ会えないかな。久しぶりに話したいし」
奥さんに見られたときのことも考えて、ただの友達を装って送ったメッセージ。
送った時刻は14時42分。近くのカフェで時間を潰したり、ショッピングセンターでブラブラしながら翔太からの返事を待った。
でも、数分、数時間経っても翔太からの返事が来ることはなかった。
それどころか、既読すらつかなかった。
普通の人なら、諦めて家に帰ると思う。
でも私は、諦めきれなかった。
翔太から返事が来ないという事実を受け止めることができなかったのだ。
そして私は、翔太の家を訪れた。時刻は18時過ぎ。
翔太の家には灯りが点いていて、カレーのような良い匂いが外まで漏れていた。
玄関に置かれた子供用の自転車。丁寧に手入れがされた庭の家庭菜園。
翔太の生活がどれだけ幸せなものであるか、家を見るだけでわかった。
ここで終わりにしておけば良かったのかもしれない。
だけどもう、私は後に引けなかった。恐る恐る翔太の家のチャイムを鳴らした。
ピンポーン
無機質なチャイム音が鳴ると、インターフォン越しに女性の声がする。
「どなた様ですか?」
女性にしては低めの落ち着いた大人の声。
すぐに翔太の奥さんであることを察した。そして奥からは「ママ、誰〜?」と子供の声。
翔太の声は聞こえない。
「私、翔太くんの大学の同級生の向井友梨といいます。仕事で近くまで来たので、翔太くんに会いに来たんですけどいらっしゃいますか?」
「ちょっと待ってください、呼んできますね」
全く疑う様子もなく切られたインターフォン。それと同時に玄関の鍵が開けられた。