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酔った頭で何となく繁華街へ行き、決して新しくも綺麗でもない店に入った。
隣ではまだ彼女が麺をすすっている。
女性はラーメンを食べるのが遅い気がするが麺はのびないのだろうか。
どうでもいいことを思いながら冷めてしまった餃子を箸で掴んだ。
ムードも何もない老舗のラーメン屋だ。
ガイドブックに載っているわけでもなく行列があるわけでもなかったのだが、けっこう旨いと感じた。
20代の頃に比べると飲んだ後にラーメンは重かったが、また来たいと思える味だ。
「何だか変な感じですね。さっきまでいい雰囲気のバーに居たのに今度はここでラーメンなんて」
歩いてくる途中でバーの酔いが醒めたのだが、ここでまたビールを頼んだのでほろ酔い気分に戻る。
「でも美味しいでしょう?温かいもの食べたくなっちゃって」
まだ数回しか会ったことのない俺をなぜ誘ってくれたのだろう。
あ、シャツを返すためか。
でもそれにしては結構楽しませてもらっている。
食べ終わって彼女は嬉しそうな顔をした。
酔っているんだろう。さっきも結構飲んでたしここでも中ジョッキを飲み干している。
「さっきのあの人の話、他の人には言わないでね」
人事部長との件か。
「言いませんよ。特に言うやつもいないし」
「あら、隣の席のきれいな女の子は?」
三村のことだろうか?
同じフロアだから知っているんだろうか。
ふと隣の席の人が帰ろうと席を立ちあがる。
その人の大きな鞄が俺の食べ終わったラーメンの器にぶつかり思いっきり落ちてきた。
「うわっ」
「あっ!すみません!!」
同時に言うとともに器が床に落ちて割れる。
食べ終わったとはいえスープは残っていたのでズボンに盛大にかかったのだった。
「ごめんなさい!すみません!」
「大丈夫ですか?!いま布巾持ってきますね!」
隣の人とお店の人が必死に対応してくれる中、彼女は静かに器の破片を拾い集め散らかったテーブルを拭いてくれていた。
咄嗟のことでわからなかったが俺もズボンを拭く。
どうしようもない場所にたっぷりとラーメンの汁がかかってしまっている。
そして見事に豚骨醤油が香る。