酔いがまわったのだろうか。
そんなに酒が弱い自覚はなかったが勢いで聞いてしまう。
今聞いておかないとこの先知ることができないような気がして。
頭のどこか遠くではそれを知ってどうするんだ、と自問自答していたがこのバーの間接照明のぼんやりとした空気が目の前のことだけに集中させてくれる。
「さあ、どうかな。私が海外に飛ばされても会いにくるだけでキャリアを捨ててまで追いかけては来てくれなかったし。人事部長っていう肩書きを手放すほどの想いではなかったんじゃないかしら。あの人自身も減給はされたけど降格にはならなかった。きっとその裏には会社から何かしら言われてたのかもしれないわ」
確かにそうだ。
部長から降格になっても良いものだが。
「…部長には直接聞かなかったんですか?その、辻本さんとの関係をどうしたいと思っているのかとか…」
彼女が真顔になる。
「そもそも私知らなかったもの」
そう言ってカクテルを最後まで飲んだ。
「あの人が離婚したことも慰謝料を払ったことも。全部私が海外へ行ってからの話よ」
「じゃあいつ知ったんですか?」
聞いても良いものだろうか。
「こっちに戻って来てから。ついこの間のことよ。海外にあの人が何度か来た時にそんな話はしてくれなかった。むしろ家族がいるような素振りばかり。離婚したなら教えてくれればいいのに」
人事部長はなぜそれを彼女に伝えなかったのだろうか。
俺はさらに話を進めることはできなかった。
彼女もぼんやりとどこかを眺め、二人で黙る時間が続いた。
その間も彼女はキスミークイックを頼み、俺はナッツやチーズなんかを食べながら遣(や)り過ごした。
この人は今も人事部長のことを想っているのだろうか。
そうだとしたら離婚したことを教えてくれなかったことに対してどのような気持ちを抱くのだろう。
そしてなぜ俺はこんなに気になっているんだろう。
考えてもしょうがないことから気をそらすように次のカクテルを選んだ。
少し夜も更けて来てお客さんが多くなる。
常連が多いのか、同じようにカウンターに座った客とマスターは仲良く話していた。
「ねえ、加瀬くん」
ちょっと緊張して彼女を見る。
「はい」
唐突な言葉だった。
「ラーメン食べに行かない?」