NOVEL

玉の輿vol.9 ~有為転変の章~

「うん。いい子いい子して…」

はっきりと聞こえてきた声は…?

 

疑いたくなるような、鼻にかかった…低音。

それは、まぎれもない…珠子の夫…雄一郎の声だ。

 

全身痙攣をおこしながら、静かにドアを開ける。

 

メイド服を着たロングヘアの女に膝枕をされて、猫のように丸まった姿勢で顔をうずめる男の半裸姿!

珠子は思わず悲鳴を上げたくなったが、自ら口を押えてそれを飲み込む。

 

「…ゆうくんの傍には、私がいるからね…」

成人男性が、まだ少女の胸に顔をうずめて、よしよしされている異様な光景を見せつけられ、珠子は茫然としたままだった。

 

脱ぎ散らかされた服を見ても、声を聴いても、後頭部を見ても、それは雄一郎だ。

 

そして、それを抱き寄せているのは…芽衣だった。

 

芽衣がチラッと珠子の方を見て、口許に人差し指を立て『シー』として、ニヤっと頬を上げる。

『お前が入り込む余地はない』

そう、言われているようだった。

 

容姿端麗で家柄も良い男が、40歳手前まで独身だった理由がそこにはあった。

女には不自由したことがなくても、彼の全てを受け止められる女はいない。

これを性癖というのか、それともまた別のモノなのか、珠子の思考回路では瞬時に判断は出来なかった。

 

しかし、この姿を知ってしまった事実を…雄一郎に…。

否、西園寺家の次期当主になる男に、知られる訳にはいかないという判断能力は、直ぐに取り戻せた。

妻では、出来ないことがある。

正妻だからこそ、知っていても知らないふりをしてやらねば、やっていけない事実がある。

 

だから、麻梨恵ではなく、愛子でもなく…自分だったのだ。

 

綺麗な女はプライドも高い。

 

どういう経緯で、芽衣があの若さで使用人となり、その中でも優遇されながら此処にいるのか、珠子には知る由もないし、誰も答えない。

結論だけで言えば、余りにも気色の悪い、この光景が全てを現しているようだった。

 

『西園寺家において、自分だけが知らなかった事実』を。

 

しかし、珠子の中では身を引くという選択肢はもう残されてはいない。

静かに自室に戻ると、愛子に連絡を入れた。

 

『体調が良ければ、またランチに行かない?』

愛子に奪い取られた新婚旅行が、愛子の策略通りだったとしても、愛子に雄一郎の血を継ぐ子供を産まれては困る。

 

珠子にとって一番の邪魔者は、麻梨恵ではなく、愛子だったのなら話は早い。