幼馴染で元婚約者ならば、雄一郎の事をよく知っているはずだとは思うが、それをすんなりと珠子に教える保証はない。
それでも、珠子の中に芽生えた確信が暴走する。
『そもそも、欲しいのは雄一郎ではない。西園寺家である。
強いて言えば、昌枝の立場にのし上がることだ!』
その為に、邪魔になるものは、切り捨て、使えるものは如何様にも利用する!
「珠子さんから、私に会いたがるなんて、不思議なこともあるものね。
何か、不都合なことでもあったのかしら?」
その口ぶりだけで、麻梨恵は愛子の妊娠を知っていることが容易に知れた。
「不都合ではないですよ。ちょっとしたアクシデントです。
それより、麻梨恵さんは…なんで雄一郎さんと続かなかったのか…
そっちの方に興味があります。彼の為に、全身整形までして努力されたのに」
麻梨恵が珠子にするように、珠子は麻梨恵に直球を投げる。
麻梨恵は少し驚きつつも、一瞬にして腹を抱えて笑い出した。
「アハハハ…なんだ、世間知らずのコケシだとばかり思っていたけど、人並み以上の欲はあるわけね!」
口もきけない、ただの置物のコケシだと言われようが、愛子に飾りと評されようが、もう構わない。
珠子には『西園寺家の嫁』という看板があるのだ。
その気配を感じてか、麻梨恵は両手を上げて「降参するわ…何が知りたいの?」と距離を縮めてきたが、猛禽類に隙を見せる訳がない。
珠子は大きく深呼吸をした。
「雄一郎さんの女癖が悪いことはさておいて、あなたが身を引いた理由を知りたいんです」
麻梨恵がどこまで知っていて、何を隠しているのか?
そして、この手札がどこまで使えるのか。
麻梨恵は、一寸間おいてから口を開いた。
幼い頃から、雄一郎は王子様のようにモテはやされていた存在だった。
しかし、彼にとってあの西園寺家とは檻の中と同じ。
常に、監視され…将来を決められ、窮屈で仕方がなかったのだろう。
だから、その息抜きが必要で、彼は極端なロリコンになったのだと、麻梨恵は告げた。
麻梨恵は雄一郎の隣に行きたくて、綺麗な女を目指したが、それは雄一郎の求めるソレとは真逆だった。小太りで、可愛くなかった頃の方が雄一郎は麻梨恵に優しかったと言う。
「だから、最初あなたを見た時。腹が立ったわ…昔の私ならってね…でも、違うわね。
私は、そこまで雄一郎に拘れない」
麻梨恵の発言は、最後の最後まで失礼だった。
しかし、この女は純粋に雄一郎を愛し、裏切られた女でしかない気がした。
珠子の中では、雄一郎はただの西園寺との胤(たね)でしかない。
それを考えてみたら、珠子は麻梨恵よりも、姑息なのかもしれない。
「麻梨恵さん。今でもそんなに雄一郎がお好きなら、たまには抱かれてあげて下さい。
でも、変なトラブルだけは、十分にお気をつけて」
正妻だからこそ言える言葉であり、だからこそ凶悪な爆弾を落とす。