「……私は」
俯いた僕の頭に、槙さんの静かな声が降ってくる。
「高校生の頃、都内を電車で移動していて。その日は、大切な試験の日だったんです。進路に関わるような……でもそこで、痴漢にあって」
「……」
「もう、それでわけが分からなくなっちゃって。お尻撫でまわされて。本当に気持ち悪くて。怖くて声もでなくて。頭真っ白なまま、取り敢えず試験に行ったけど、集中なんかできるわけもなくて、結局全然ダメで……」
萎んでいく彼女の声に、恐る恐る顔を上げる。泣いているかと思ったけれど、どちらかというと怒っているように見えた。
「それは……辛かった、ですよね」
「はい。周りに話しても、たいてい、『お尻触られただけでしょ』って言うんです。だけって、なんでしょうね。周りから見たらそれだけでも、私は本当にあの時間……苦しくて仕方がなくて。試験までダメにされて。仕方がないから電車は乗ってますけど、やっぱり男性は……怖いです」
「……」
僕らは黙り込む。なにを言ったら良いか、全然分からなかった。ただ彼女は、自分と同じように深い傷を負っていて。それが今なお、彼女を苦しませているんだと、それだけは実感として理解できた。
「……同窓会、って。いつなんですか」
「いつだったかな。確か……今度の、日曜日だったかな」
「行くんですか?」
槙さんの言葉に、「まさか」と笑う。
「女性もたくさん来るだろうし、こんな状態じゃ、行ったところで不審者になってしまいますよ」
これで幹事をやっている例の彼女なんか見たら、それだけで卒倒してしまいそうだなと、笑ってしまう。向こうは、もうなにも覚えてないかもしれないけれど。
少なくとも――僕にとってのあの「事件」は、彼女にとっては事件でもなんでもなかったんだろうと、想像がつくから。