そのまま気づかれないよう、商品を見るふりをしながら顔を反対に向けて横を通り過ぎると、ふわりとアルコールの香りがした。
(飲み会帰りかな……)
にしては、顔に赤みも出ず、シャキッとしている。隙がない、というのはこういうことを言うんだろう。駅前でふらふらしていた人たちとは大違いだ。
(しかも、あんな高いヒールで――)
そう、ちらりと振り返ったときだった。会計を終え、出口に向かっていた彼女が、突然ガクリとよろけた。あまりに突然のこと過ぎて。手を伸ばしたのは、咄嗟の判断というよりも、単に思わず、というところだった。
倒れかかった彼女を、ぐいっと引き寄せ、腰を支える。混乱した彼女の目が、僕の目のすぐ前にあった。
それを認識した途端、ぞわりとした怖気が背中を走り、冷や汗が吹きだしてきた。久しぶりの、強いアルコールの香りに、頭がくらりとする。
「だ……大丈夫、ですか?」
そう、必死の思いで絞り出した声は。彼女の目が、僕の目を捉えた途端、悲鳴で掻き消えた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
甲高い声が響くとほとんど同時に、僕の左頬を強い衝撃が襲う。なにがなんだか分からないうちに、今度は僕がよろけ、そのまま床に倒れ伏した。
じんじんと、頬が熱い。思い切り叩かれたのだと、ようやく認識したときには――僕の目に映る彼女はコンビニから出て、遠くへと走り去って行くところだった。
Next:6月24日更新予定
御前崎薫の左頬を咄嗟に引っ叩いてしまった隣人の槙は翌日、詫びるため彼の自宅を訪ねる。そこで彼女は御前崎薫にある告白をする。