NOVEL

「Lady. Bloody Mary」~女の嫉妬~ Vol.1


クリスマスの鈴の音と共にやってくる前代未聞の大チャンスと、恋の予感。

一体、誰がたった一つの「女王」に輝くのか?

◆プロローグ

 

名古屋の夜を彩る、栄の木々で煌めくイルミネーション。

人々が楽しげに歩く街中では華やかにクリスマスソングが鳴らされている。

 

”諸人こぞりて 迎えまつれ

 久しく待ちにし 主は来ませり

 主は来ませり 主は 主は 来ませり〜♪”

 

「もろびとこぞりて」が暖かく寒空に響き渡る中、名古屋市にある高層ビルに入る外資系企業では、まだ激務に打ち込む人々が見える。

ここは海外にも支社を持つ外資系企業「コンチネンタル・カンパニー・ナゴヤ」

略して”CKN”である。

「安武くん、これ今日中にまとめておいてほしいんだけど」

時刻は6時半、定時まであと30分。

オペレーション部では上司がとある女性社員に黒いUSBリーダーを手渡している。

それは制服に身を包み、緩やかなカールのピンクブラウンの長い髪をベージュのシュシュで留めた安武聖奈であった。

「はい、分かりました。今日中の方がいいですよね」

「話が分かって嬉しいよ、他の子はもうクリスマスだからって、すーぐ帰る準備してさ」

そんな嫌味のような部長の言葉に、くっと他の女性社員は肩を無言で揺らす。

「私、暇なので、大丈夫ですよ!資料まとめておきますね」

邪気のない笑顔で言葉を返す聖奈、するとすっとその場が和む。

彼女の存在はオペレーション部では、マスコット的なものであり154cmという小柄な身体ときゅるんと小動物のような顔立ち、誰にでも明るく人懐っこいということもあり、聖奈は入社してから不思議な甘え上手と人たらし的な”才能”で、一部の先輩たちからの「可愛がり」もあったもののめげることもなく、4年が過ぎた。

今では男女ともに彼らの懐にうまく入り込むキャラクターの座を手に入れた。

「せーなちゃん、大丈夫?今日は彼氏との約束とかあったんじゃない?」

「そうだよ、聖奈。手伝おうか?」

部長が立ち去ると、帰り支度をしていた同僚たちが寄ってくる。しかし聖奈は笑顔で

「大丈夫、そんなに大した量でもないから。そんな風に思ってくれるなら

今度あったかいカフェオレのベンティで手を打つよぉ」

もう〜現金なんだから~、じゃお疲れ、と着替えのために立ち去る同僚たちを見送りながらほぼ誰もいなくなったデスクで、大きく背伸びをするとパソコン画面から目を逸らせる。

指先には派手ではないが、ベージュを基本にジェルネイルが光っていた。

「...あー、そろそろネイルサロン予約しなくちゃ...」

その時、社内メールに新着メールが一通、受信された。

もちろん、聖奈の目にも入る、思わず椅子に座り直すとゆっくりメールを開いた。

毎月、まつエクを欠かさない彼女の跳ね上がったまつ毛がぱちくりと確かに3回瞬きした。

「これ...本当?」

思わず聖奈は素の少し小さくて低めの声を上げていた。

 

 

 

   ”悪魔のひとやを うちくだきて

 とりこをはなつと 主は来ませり

 主は来ませり 主は 主は 来ませり〜♪”

 

時を少し遡り、CKNの総務部の備え付けの美しい夜景が一望できる会議室では、一人のヒールを履いた少し地味目の眼鏡を掛けた女性社員がプレゼンをしていた。

彼女の名前は小竹紗夜、35歳である。アッシュグレーの長い髪の毛はひっつめにしている。

彼女は落ち着いた声で、資料を捲る上司や後輩たちの前で慣れたように新たな商品に関する情報や特徴、セールスポイントを次々と告げていく。

「小竹先輩、さすがですね」

プレゼンを終えた紗夜に語りかけるのは、後輩の時雨かなたであった。

「お疲れ様、今日のは結構大変だったかな」

「いいえ、課長たちもいらっしゃる中であそこまで見事にプレゼンできるの

先輩だけですよ、さすがは”総務部の最終兵器”ですね」

ほんとだな、小竹を育てたのは俺なんだけどな、などと軽口を叩く課長をさらりと笑顔で流す紗夜、既に定時は過ぎている。しかしまだ仕事は残っていた。

明日を乗り切ったら、ウィークエンド。週休2日は確約されている会社なのでデスクで残った雑務を片付けながら紗夜はどう過ごそうかと考えていた。

まだ結婚はしていない、願望がないわけではなかったが特に焦ってもいなかった。

会社の外はすっかり冷えている。

ロングチェスターコートを着込み時雨たちと退社した紗夜は、スマホをそっと取り出すとLINEにいくつもメッセージが残されていた。

「ごめん、ちょっと仕事の連絡。先に帰ってて」

はーい、じゃまた明日ー。お疲れ様ですーと笑顔で駅の方へ去っていく時雨たちを見送り紗夜はすっと鋭く光るスマホの方へ向き直ると、人並みを避けるように社内メールを確認する。

そして彼女はふっと一人微笑んだ。

それは、それは、とても妖艶で怪しく。

そして、届いていたラインのメッセージにも目を通した。

「今週末空いてる?空いてるなら、いつもの場所で」

先々週会ったばかりの、年下のセフレから連絡が入っていた。

ふう、仕方ないなあと浅いため息をつくと返事を保留しそのまま駅へと歩いていく。