ママは、玲子を見つめている。
何か、言わなければ…焦れば焦るほど声が出ない。
「リナちゃん。夜の女はね…いつまでも席に座っていることは出来ないのよ。
私だってそう。いつかは、この席を誰かに譲る時が来る。
だけどね…その日を待つんじゃなくて、自分で決める覚悟も必要なの。
貴女は自分には何もないと言ったけど、あなたにはアロマセラピストの資格があるじゃない。丁度いい関係かもね」
入店してすぐの頃。
玲子にママは似たような事を言っていた。
『夜の仕事は永遠じゃないから、子供の為にも期日を決めて働きなさいね』
今追いかければ、間に合うかもしれない。
『玲ちゃんは幸せだね』
と微笑んでいた、幼い頃の『りな』ではないにしても、自分から彼女を遠ざけたにしても…。
欲しくても得られなかった、普通の仕事を掴めるかもしれない…!
都合の良すぎる思考が過る。
でも、彼女は既に、玲子の知っている友人ではない。
旦那の愛人へのケジメを付けに来る、プライドの高さ。
何もかもが、雲泥の差だった。
それでも!!
玲子は慌てて店を出て追いかけた。
そこには、黒いポルシェが停まっている。
のぞみと同じ車種の色違い…。
のぞみが勝てないと言った、レイラに似た正妻。
だけど…!!
「りな!!私…子供が居るの。2人。一人は中学2年になる女の子。もう一人は、2歳になったばかりの男の子。
今度…会いに来て。連絡するから。絶対するから!
そうしたら、私の話をちゃんと聞いてほしい!」
りなは、静かに玲子の方に振り返り…「分かった。待ってるね」と告げると、運転席に乗り込みハザードを数回点滅させてから去っていった。
「待ってて…今度こそ…見失わないから!」
玲子は泣いていた。
連日起こったどんな事にも、涙を流さなかった玲子がその場に泣き崩れた。
幼い子供のように道端で泣きじゃくる。
周りの気配なんてお構いなしに。
すると、歪んだ視界に見慣れた運動靴が映った。