子供の頃は、リナの家庭環境を知らなかった。
玲子が高校生になり塾の帰り道、夜の街を歩く制服のスカートを短くして、制服ではないリボンを緩く襟元に飾ったリナを見つけた頃から何かが変わっていった。
それなりに会話をする知人は学校に居たが、友人と認識していたのはリナだけだった玲子は、勝手に裏切られた気分に襲われた。
『あの子と自分は、生きている世界が違うんだ!』
子供じみた勝手な思考を巡らせて、リナと距離を取るようになっていった。
そして…。
リナは突然、17歳の時に消えた。
その時初めてリナの家は父子家庭で、借金が嵩(かさ)み夜逃げするようにどこかに消えてしまった事を知る。
携帯も解約されて連絡を取ることもできなかった。
玲子は澄んだ朝日を見つめながら、食いしばる。
「私が心から大切にしたいと思う人は、みんな私の前から消えていくんだ。」
花を毎週買いに行っていた【ラナンキュラス】は閉店した。
仲良くなったマスターも、錦の街から去って行った。
マスターが元ホストであると知った時は、過去の汚点をひっくり返されたような嫌悪感を持ったが、彼が背負っていたものは玲子の比ではない重い『傷』だった。
それを娘の奈緒に聞かされた時は、正直逃げたくなった。
シングルマザーとして日々に追われ世論に疎く、傷害事件が2年前に起こっていた事すら知らなかった。
2年前?もうすぐ…3年かぁ。
玲子は大きなため息をつくと、玲子の腕に全体重を任せて腕を伸ばしている裕也を見つめる。
丁度この子を宿したと分かった頃だったから、知らなくても当たり前だった。
元夫の梶と別れる前。
理想と現実のギャップに飲み込まれそうだった玲子は憂さ晴らしに、ママ友と一緒に錦三丁目の居酒屋で飲んで夜の街を歩いていた。その時にホスト数名に声を掛けられ、酒も入っていた成り行きで、初めてホストクラブに連れて行かれた。
それは、一夜のお遊び。
ただそれだけのつもりだったのに…。